多摩美術大学 卒業制作展2018レポート ~社会との繋がりを強く意識した学生主催の企画展示~

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本学の卒業制作展の特徴の一つとして、社会との繋がりを強く意識していることが挙げられます。学生たちが主体的に企画運営し、多くの人の目に触れる都心部などで開催することも、その現れです。4年間の集大成をどんな場に、どんなテーマで、誰を招き、どう見せるか。様々なキャリアを描く学生たちが、長い時間をかけて練り上げました。今年も30を超える場で開催された卒業制作展。その中から、一部をレポートします。

卒業制作展・大学院修了制作展2020
開催スケジュールはこちら


絵画学科日本画専攻
『むすんで、ひらいて、』

会期:2月26日(月)~3月3日(土) 
会場:アートスペース羅針盤

販売を目的に展示することで
コレクターやギャラリーと新たな接点を構築

17名の有志による、人と人とを“むすび”、絵がより身近な存在になる将来に“ひらいて”ゆくことを考えたグループ展。本展は、展示販売のスタイルで実施されたことが特徴です。「みんなすごく個性豊かでいい絵を描く仲間たちなので、まずは、私たちの絵の魅力を広く発信したいという思いが発端です。ですが、ただ展示するだけではお客さんと繋がりを持つことはできません。販売を目的とすることで、お客さんはもちろん、コレクターやギャラリーの方とも接点を持つことができます。学内ではできない良い経験になると思いました(主催学生:森田緩乃さん)」。
28日には、本校の卒業生であり現代美術作家として活躍する町田久美さんと、開催ギャラリーのオーナーである岡崎こゆさんをゲストに迎えてトークショーを開催。『絵を描いて生きてゆくには』をテーマに、事前に用意した学生からの質問に応えて頂く形で進められました。岡崎さんは、「活躍している人の共通点は、作品に対する過剰なほどのエネルギーと、人との気持ちを共感できる優しさを持ち合わせた人ではないか」とヒントを促し、町田さんは、「卒業後も手を留めずに描き続け、日本で機会がないなら海外へと、社会に対し積極的に“種をまき続けた”ことで私の今がある。描き続ける人が残るんです。お互いに頑張りましょう」と、自身の体験をもとに、作家を志す学生たちへエールを送りました。

主催学生インタビュー:森田緩乃さん

1年3ヵ月前から企画して準備を進めてきました。プレスリリースやフライヤーを作成し、ツイッターなどを利用して広くリリースしたことで、多くの方に来て頂くことができました。また、展示作品を収めた図録を作成したのですが、これは今回購入頂けなくても図録を見ることで思い出してほしい、個展などに興味を持つきっかけになってほしい、と考えたからです。
これらの行動はPBL(専門領域を横断した参加型の授業)で展覧会の設計について学んだことがベースとなっています。受講前にはプレスリリースを作るという発想もなく、「直接ギャラリーに送ってもいいんだ」ということも発見でした。授業での経験を、そのまま生かしたのです。
展示販売という今回のスタイルを通して、学内講評会での評価と、コレクターの方の目線との違いに気づきました。どちらがいいとか、どちらかに合わせて描くということではありませんが、自分一人ではまったく気づけなかった視点は発見でした。後輩にもぜひ、受け継いでもらえたら嬉しいです。


工芸学科『かがり』

会期:[前期]2月23日(金)~2月27日(火)[後期]3月1日(木)~3月5日(月) 
会場:スパイラルガーデン

商業施設内の開催で
多くの来場者と反響に手応え

地下鉄表参道駅を出てすぐに位置するスパイラルガーデンにて、工芸学科卒業生有志による卒業制作展が開催されました。スパイラルガーデンは生活とアートの融合をコンセプトにした複合文化施設です。常時様々なアート・イベントが催されており、注目を集めるこのスペースに、陶、ガラス、金属の素材を専攻する学生の作品が並びました

主催学生インタビュー:玖島優希さん

工芸学科は、陶やガラス、金属と、扱う素材がみな別々です。そこで、かがり火にいろんな人が集まるイメージで『かがり』と名付けました。展示を行った同フロアにはカフェがあり、また2階のショップ「スパイラルマーケット」を目当てに施設に来られる方が多いので、通りがかりに「とりあえず入ってみよう」、という方が大変多く足を止めて下さいました。学内や個々のギャラリーではなく、商業施設内でやるということの利点がありました。

学生インタビュー:片山洸希さん

これまでの集大成ということで「今の自分にできる限界に挑戦したい」と思い、大作に取り組みました。1枚20㎏もあるガラスを円盤の形に研磨する作業は、重いし腰が痛くなるし、とにかく大変でした。僕のように作家を目指す後輩たちには、身体を壊したら制作できないよ、健康にだけは気を付けてと伝えたいですね(笑)。 たまたまカフェやショッピングで来られたような方が、たくさん立ち寄って下さいました。このように多くの一般の方に見てもらうのは学外でしかできないことで、とても良い経験でした。僕は今後作家として、何か大きな評価を得られるようなアーティストになりたいと考えています。何にも縛られずに柔軟に、コンペや公募、ギャラリー展示など外へと挑戦していきます。


統合デザイン学科

会期:1月22日(月)~1月28日(日) 
会場:多摩美術大学上野毛キャンパス

9時間にも及んだ公開講評会では
全ての作品1つ1つに評価や意見が白熱

デザインの諸領域を横断的に学ぶことで、社会的課題の発見や解決のできる新時代のデザイナー養成を目的とし、2014年にスタートした統合デザイン学科。その1期生による初の卒業制作展が上野毛キャンパスで開催され、1月27日には公開講評会が行われました。
この公開講評会は、展示された全作品を1つ1つ囲みながら担当教員や学生がプレゼンし、評価や意見を交わし合うというクロスレビュー形式で実施。参加教員は、プロダクトデザイナーとして世界的に活躍する学科長の深澤直人教授、HAKUHODO DESIGN代表取締役社長の永井一史教授のほか、中村勇吾教授(インターフェースデザイナー)、佐野研二郎教授(アートディレクター)、米山貴久教授(プロダクトデザイナー)と、各々が第一線で業界を牽引するクリエイター陣。それだけに教員の目は、そのまま今の社会の目と言えます。広告、プロダクト、ゲーム、アート……統合らしく領域を横断したメディア作品を前に、各教員がそれぞれの視点で「ここがおもしろい」「なぜそうしたの?」と議論が白熱。予定時間を大きく回った夜7時半を過ぎて、約9時間に及ぶ講評会が終了しました。今後さまざまなキャリアを歩んでゆく学生にとって、貴重な場となりました。


環境デザイン学科『圍』

会期:3月2日(金)~3月4日(日) 
会場:原宿クエストホール

ゲスト講師陣からの具体的な評価や
ビジネスの提案が貴重な経験に

インテリア・建築・ランドスケープの観点からデザインする環境デザイン学科の卒業制作展が、原宿クエストホールにて開催されました。3日は環境デザイン学科の客員教授(伊東豊雄教授、団塚栄喜教授、中村好文教授、廣村正彰教授、藤江和子教授)を招いての特別講評会が、翌4日は学生らのアンケートで選定したゲスト講師として、鈴野浩一さん(トラフ建築設計事務所)、手塚由比さん(手塚建築研究所)、長坂常さん(スキーマ建築計画)、柘植喜治教授(同学科非常勤講師・千葉大学工学部教授)を招き、ゲスト講評会が開催されました。ゲスト講評陣からは、「このまま研究を続けてみて」「一度世界に出してみるといい」「うちの事務所に欲しい」などと具体的な評価やビジネスの提案を受ける学生も。作品を前に、売り方や生産体制、流通のアイデアなどについて積極的な意見が飛び交い、学生たちは大きな手応えを感じているようでした。
さらに今年度はゲスト講師陣による、『これまでとこれからの展望 ~歩みはじめるデザイナーに求めることから』というテーマでの座談会が催されました。自身のリアルな体験を交えながら学生の質問に答え、「社会に出たら、模型やプレゼンを通して自分で仕事を取ってくるしかない。これでもかとエネルギーを出し切ってアピールしようよ(手塚さん)」と、学生を激励しました。

主催学生インタビュー:大川翔吾さん

私は、多摩美で学んで良かったと思う点が二つあります。ひとつは、在学中に様々なPBL(専門領域を横断した参加型の授業)に参加し多くの方と接点を持ったことで、「空間」というものを他の領域と比較して考えることができたことです。例えば椅子を作るにしても、空間の中でどんな風に置かれているのか改めて意識できたのは、これらの経験あってのことでした。もうひとつは、私はもともとセンター試験のみで受験するセンターⅡ方式で入学したのですが、得意な現代文と数学を生かして「ロジカルに的確に相手に伝える」ことを常々意識し、これを強みにできたことだと思います。ロジカルな部分と美大に入って得た感覚的な部分とを往復することで今回の卒業制作ができ、実際に講評会でも評価を頂けました
学内の講評会では、一人ひとり大きなスペースを頂いて発表を行いますが、今回のように会場内の限られたスペースでは、大きな模型や、その背景にある個々のプロセスまで持ち込めません。限られた条件の中で伝える難しさを体感しました。私は大学院に進みドイツへ留学する予定ですが、今回の卒業制作展は、社会に繋がるという目的に沿った4年間の集大成となったと思います。


グラフィックデザイン学科
『プロポーズ』

会期:3月10日(土)~3月11日(日) 
会場:恵比寿ガーデンプレイス内 ザ・ガーデンホール、ザ・ガーデンルーム

すでに社会で活躍する学生も作品を展示
業界関係者からの関心も集めた2日間

広い会場内は、広告、グラフィック、イラストレーション、タイポグラフィ、写真などのジャンルごとにブースが分けられ、各々の形で、「前にまた一歩進むための、プロポーズ」を展開しました。
本学科は、ネット上に作品を発表して多くのファンを獲得している学生など、すでに社会で活躍している学生が多数います。そうした会場には、多くの業界関係者が訪れるなど関心の高さが伺えました
展示期間中は、卒業生と指導教授によるトークセッション、野村辰寿教授『アニメーションだから伝えられる事』、秋山孝教授『イラストレーションの持つ力』、澤田泰廣教授『グラフィックデザインにおける制作者のイズム』、大貫卓也教授『学生が広告を学ぶという事』が開催され、卒業制作のプレゼンテーションとこれからの展望について披露しました。

トークショー『アニメーションだから伝えられる事』

「当初はデザインの基礎を徹底して学びたいと思って多摩美に入学しました。私は物語を作ることもイラストを描くことも好きなのですが、様々な学びの中で、私が好きなことをトータルに表現できるのがアニメーションでした(内田有沙さん)」。「卒業生であり、現在立体アニメーション作家として活躍する小川育さんの作品に憧れたのがきっかけで、私は今こうして作品を作り続けています。やりたいことを改めて見つけることができた4年間でした(松田みなとさん)」。「私は表現において動きに重点を置きたかったのですが、アナログ(手書き)では時間などの問題が生じました。そこでデジタルを用いて試行錯誤を重ね、今のスタイルに行きついたのです(水間友貴さん)」。
野村教授は、「現在多くの美大や専門学校でアニメーション教育を推進しており、コンピューターを使いデジタルで作画する人が増えている中、多摩美の教育課程では、まずは手で描く、紙に描く、ということを推奨しています。アナログの魅力としっかり向き合い、その上でデジタルをツールとして使いこなして自分のスタイルを築くことが大事で、実際にそういう人の絵は魅力的ですよね。そもそもデザインとはビジュアルコミュニケーション。デザインを使って、思いを伝えたり、人の気持ちに何らかの作用を及ぼすような、できれば楽しい気持ちにさせるようなものを作り続けてほしいですね」、と語りました。
※本展のアニメーション作品は、『タマグラアニメーションシアター』で随時公開されます。


演劇舞踊デザイン学科
『大工』

会期:2017年12月23日(土)~12月25日(月) 
会場:東京芸術劇場 シアターイースト

新設学科の第1期生演劇卒業公演
学外からも高い関心で全公演ともほぼ満席

2014年新設の演劇舞踊デザイン学科第1期生演劇卒業公演が、2017年12月23日~25日に計6公演、東京芸術劇場シアターイーストにて上演されました。
作・演出は柴幸男講師。昨年度の上演制作実習のために書き下ろした『大工』に新たにキャストが追加され、卒業公演として再演したものです。
キャストは演劇舞踊コース、舞台美術・照明・衣裳デザインは劇場美術デザインコースの4年生が担当。新設学科の1期生公演ということもあって学外からも高い関心が寄せられ、全公演ともほぼ満席となりました。演技はもちろん、キャストの個性を引き出す衣裳、一瞬でシーンを変える照明や舞台美術など、見応え十分の舞台で観客を魅了しました。


情報デザイン学科
情報デザインコース『Yes.』

会期:3月9日(金)~3月11日(日) 
会場:東京デザインセンター内ガレリアホール

注目を集める「Takram」の2人が
情報デザインでの学びと未来を語る

日本で初めての先駆的学科として20年前に設立した本学科情報デザインコース。10日に行われたトークイベントでは、ゲストに対し4名の学生が作品をプレゼンしました。
喫茶店の客が残したストローの紙袋のゴミから「習慣の可視化と記録」を試みた三船亜子さん、人工知能(AI)を使ったライブコーディングという新たな分野に切り込み、実体として見えないものの可視化に挑んだ白石覚也さん、「過去を旅するアプリ」を作って未来への提案を行ったウン・ジヒさん、擬人化されたあさがおとのコミュニケーションを独自の感性で追及した鈴木李奈さん。デザインの可能性を学ぶ学科とあって、多彩なテーマ、多様な表現方法を用いた作品が会場に並びました。

トークイベント『デザインと未来』

ゲストは、同学科卒であり、国内外で高い評価を得ているデザイン・イノベーション・ファーム「Takram(タクラム)」から2名、デザインエンジニアの成田達哉さんとデザイナーの長谷川昇平さん。同学科、宮崎光弘教授(デザイン誌AXIS アートディレクター)の進行で行われました。
成田さんは、自身の卒業制作である「今日の天気がわかるトースター『テンキパン』」の審査会時の資料を例に挙げ、「作品の結果だけを見てしまいがちだが、なぜそこに至ったかという過程こそ大事。そこでの気づきがどう最終作品にフィードバックされていくかに関心を持ってほしい」と、学生たちに伝えました。また、「今回の卒業制作展では、『社会における問題を感じ取り、社会とどう関わるか』に重点を置いた作品が目立ち、時代性を感じて面白かったです」と、総評を述べました。
長谷川さんは、千葉大学工学部卒業後、三年時編入で本学科に入学した経歴の持ち主。「課題を見つけてリサーチし、何を作るかを考えて形にしていくという情報デザインでやっていた流れは、今まさに僕がTakramでやっていることと同じです。インターネットが登場し、ますますアウトプットはモノだけではなくなりました。僕は理系的なアプローチを生かせるデザインをしたいと情報デザインへの編入を選びましたが、学生の方にも、テクノロジーの技術を使って、何かがもっと豊かになる可能性を見出してほしいです」と、今に生きている大学での学びについて語りました。
最後に宮崎教授が『デザインと未来』について考察しました。「今、社会では『新価値創造型』のデザインが注目されています。その位置にいるのはどういうデザイナーかというと、かつて別々の領域とされていたビジネス、クリエイティブ、テクノロジーをひとつに共有できている人。まさに情報デザインが取り組んできた学びに他なりません。そして、そこで必要な力とは、見る力・聞く力・作る力・話す力・体の力に加え、これからは“つなぐ力”が重要だと思います」と、同学科に対する大きな可能性について語りました。


情報デザイン学科
メディア芸術コース『台風のメ』

会期:3月3日(土)~ 3月5日(月) 
会場:横浜赤レンガ倉庫1号館

会場の横浜赤レンガ倉庫に大勢の来場者
メディア芸術を語るトークショーも開催

国内屈指の観光地である横浜赤レンガ倉庫にて、「誰かの心を動かす台風の目となりたい」という思いを込めたメディア芸術コースの卒業制作展が開催されました。同エリアでは多数のイベントが開催されていたこともあり、幅広く一般の方の目に触れる機会となりました。
3日は、YCC ヨコハマ創造都市センターにて、ゲストを招いてのトークショーを開催。日本を代表するキュレーターである四方幸子客員教授の司会進行により、現代美術アーティストとして国内外で活動する長谷川愛さん、玩具の機構設計の経験を元にした漫画などが話題のてらおか現象さんに、「アーティストとクリエイターで意識を変えられていること」についてお話を伺いました。
まず、ゲストのお二人が自身の作品を公開。長谷川さんは、「もしかすると将来、同性間で子供が作れるかもしれない」という問いかけから生まれた『(不)可能な子供』や、人口過多と食糧問題、環境問題を背景とする『私はイルカを産みたい…』などの作品を紹介。アートが社会に訴える力を強く打ち出しました。対しててらおかさんは、『ラッセンの絵からイルカを消す』試みや、『プッチンプリンをプルプルさせるマシン』を紹介し、唯一無二の着眼点で会場を沸かせました。
「先日アメリカのスミソニアン博物館に、同館のマンモスのデータを勝手に改造した作品を試しに送ってみたら、公式ブログ上に漫画を描かないかという回答がきました。作り続けていれば、いつか何かに繋がるんですね(てらおかさん)」。長谷川さんは、「アートとは、生活や文化を変えていくようなパワーを持つものであってほしい」と語り、また、学生も、なぜこのメディアで表現するのかということを意識的に考えて、今やっていることの位置づけを行う必要があると訴えました。
四方教授は、「二人とも方法は異なるが、今の時代に最も適したやり方で社会に問題提議をしている点では同じ。アートやデザインをはじめクリエーターの道にはモデルはなく、自分で踏み込んで追求し、切り開いていくしかない。自分のやるべきこと、やりたいことを見つけてそれを楽しんでほしい」と学生にメッセージを贈りました。

主催学生インタビュー:坂口歌鈴さん

本展は一貫して、「耳に残るネーミングは?」「ポジティブな印象のビジュアルは?」というように、関係者ではない外部の方たちに向けた制作展であることを意識して企画を進めました。メディア芸術コースは、メディア・アート、CG、サウンド・アート、写真、映像、アニメーションなど様々な表現を学ぶ場であるだけに、今回展示した作品の形態も多種多様です。そのため、特に会場デザインは当日まで細かくこだわりました。