企業の人事担当者・卒業生に聞く/メディア

世界的に報道でデザインが必要とされる時代、読者をひきつけるための感性と柔軟な発想力に期待が高まる

株式会社朝日新聞社

写真左から卒業生の花岡紗季さん、デザイン部長の倉重奈苗さん。東京・中央区の朝日新聞社本社にて

朝日新聞の発行と朝日新聞デジタルの配信を中心に、文化催事、高校野球をはじめとするスポーツ催事の主催・運営、その他各種コンテンツ配信などの事業を行う総合メディア企業。
https://www.asahi.com/

2024年6月更新


デザインが大きな価値を持つようになった報道の現場で、
多摩美生の豊かな表現力が発揮されている

倉重奈苗さん
倉重奈苗さん

株式会社朝日新聞社
編集局 デザイン部長

最近は日々のニュースや情報を、手元のスマホで得る人が多いのではないでしょうか。朝日新聞社でも紙の新聞に加えてデジタル版を配信し、デジタルシフトを進めています。そんな流れの中、編集局デザイン部に所属するデザイナーの役割も多様になっています。これまでは紙のデザイン画をメインとしていましたが、いまはWebのニュースコンテンツのビジュアルをいかにデザインするかが大きな仕事として位置付けられ、デザイナーと記者のタッグによって媒体を作り上げているのです。デジタル技術の進展によりデザイナーの活躍の場は広がっていますし、デザイナーに対する期待も高まっているといえるでしょう。

現在、朝日新聞では5名の多摩美卒業生が活躍しています。花岡さんは今年3月にデジタル版を中心に担うクリエイティブチームに加わり、先頭に立ってチームを引っ張っています。例えば、朝日新聞デジタル上で最近始動した「ビジュアル解説」で花岡さんが担当した企画のひとつに自民党の派閥の仕組みを描いたものがあるのですが、スマホ読者に向け、絞り込んだ情報と絵を効果的に活用して、難しいテーマを飽きさせずに最後までテンポよく読ませる、工夫されたビジュアルデザインが印象的でした。

報道デザインの仕事はさまざまなジャンルのニュースに短時間で対応しなければならないなか、多摩美卒業生は持ち前の柔軟性と豊かな表現力を発揮しています。朝日新聞デザイン部がニュースグラフィック界のトップランナーと言われてきたのも、多摩美卒業生たちの存在によるところが大きいと感じています。新聞社のデザイナーにとって不可欠な「伝える」ための感度の良さと、「見せる」ための柔軟な発想力を備えているのは、大学の自由な気風によるものなのかもしれませんね。

報道デザインは飾りではなく、もはやニュースそのものです。報道にデザインの力が必要とされるのは世界的な流れになっています。アメリカのビッグテックの一角であるApple社が強いのは、技術力とデザイン力を兼ね備えているからに他なりません。報道機関も記者の取材力とデザイナーのデザイン力が大きな価値を生み出す時代になっています。とくにビジュアル面の重要性は今後一層高まっていくでしょう。伝える本質を見極めて、正確さと心のこもったビジュアルをクリエーションできること。見せ方だけでなく見られ方も意識して、読者の体験をイメージしながらデザインに取り込めるデザイナーが求められています。


多摩美で多様な価値観に触れ、思考したことが、
今もニュースの現場で生きている

花岡紗季さん
花岡紗季さん

2019年|大学院グラフィックデザイン修了

株式会社朝日新聞社
編集局 デザイン部

朝日新聞社は世界の優れた報道デザインを表彰する米ニュースデザイン協会の優秀賞を連続受賞するなど、例年高い評価を受けています。就職活動を通じて先輩デザイナー方のグラフィックのデザイン力の高さや、権威あるデザイン賞の受賞歴などを知り、私もその一員として活躍したいと思い、志望しました。現在はニュース内容を解説するインフォグラフィックスの作成やデジタルコンテンツのビジュアルデザイン、ニュースをテーマにした動画コンテンツの制作などを担当しています。

報道デザインの仕事の特徴はスピーディにデザインを考え、アウトプットしていくことだと思います。情報を覚知した初期の段階からデザイナーも参加し、ディスカッションしながらビジュアルを決めていくのですが、早いものはその日のうちに、企画物などは2〜3週間くらいのスパンで世に出ます。これまでで一番記憶に残っている仕事は、入社2年目のときに「新聞週間」の見開き2ページの特集のデザインを担当したことです。さまざまな社会問題を構成して自分なりにデザインに落とし込み、イラストも描き、無我夢中でやり切りました。

花岡さんが入社2年目で担当した新聞週間特集の見開き紙面

また、以前、私が手がけたニュースのビジュアルが議員の資料として国会の審議で使われたことがありました。さらに、最近は記事にデザイナーの名前が掲載されることが多いため、読者の方から個人名でお手紙をいただいたこともありました。自分の仕事が社会のなかで重要な役割を担ったり、人の心を動かしたりできたのは嬉しかったですね。デザインの潜在的な影響力を実感し、それがこの仕事をするうえでの大きな励みになっています。

多摩美での学生時代は、ちょっとでも興味を持ったらすぐにキャッチしに行けるような環境だったため、もともと趣味だったイラストをはじめ、スケッチやポスター、立体やパッケージ、切り絵、タイポグラフィなど、さまざまな分野のデザインにチャレンジしていました。それが自分のアンテナを伸ばすことにつながり、現在の報道デザインの仕事でも強みになっています。「興味ないからやりたくない」という気持ちになることが一切ないんです。記事の題材が自分の興味関心の範囲ではなかったとしても、アンテナが動いて「おもしろい」と思えて、デザインのアイデアが湧き上がってきます。多摩美で先生方や友人たちの多様な価値観に触れられたことが、社会に出てからも自分のエネルギーにつながっていると感じています。