企業の人事担当者・卒業生に聞く/メーカー

お客様のニーズを経験から「自分ごと化」することで寄り添うデザインが生まれる

株式会社アシックス

写真左から卒業生の木暮 孝行さん、三宅 大希さん。兵庫県神戸市の株式会社アシックス本社ビル前にて

「健全な身体に健全な精神があれかし」を創業哲学に、鬼塚喜八郎が1949年に神戸で創業した日本を代表するスポーツ用品メーカー。アスリート向けのシューズから街履きのスニーカーまで、スポーツで培った知的技術により質の高いライフスタイルを創造する。
https://corp.asics.com/jp

2023年10月掲載


多摩美生のデザインプロセスを重視する姿勢は商品開発に不可欠

松田紗弥さん
松田紗弥さん

株式会社アシックス
人事企画部組織・人材開発チーム

アシックスには5つの事業カテゴリーがあり、それぞれにデザイナーが所属しています。そこで大切にしているのが「ストーリー」です。デザイナーはただ商品の外側をデザインするだけでなく、商品開発の構想段階から参加し、背景のストーリーからデザインしていかなければいけません。研究や企画のメンバーと直接やり取りをすることも多く、当社のデザイナーには、周囲を巻き込むコミュニケーション力や、プロジェクトを推進していく主体性を求めています。

多摩美の卒業生には、デザインのプロセスを重視している印象が一貫してあります。どうしてこのデザインにするのか、そのデザインをするうえで何が求められているのか。プロセスを言語化することが、授業を通して培われているのではと感じます。その姿勢は商品開発にも欠かせません。お客様のニーズを考え、お客様の視点に立ったデザインをするうえで、多摩美での学びが大いに役立っているのではないでしょうか。

スポーツビジネスの世界では今後、マーケティングをはじめさまざまな分野で、デザイナーに求められる役割が大きくなっていくでしょう。ビジネスをクリエイティブの力で先導していく、そんな意識を持ったデザイナーに期待しています。


実体験からデザインすることによって、お客様にも共感してもらえるような一足に

三宅 大希さん
三宅 大希さん

2012年|プロダクトデザイン卒

株式会社 アシックス
パフォーマンスランニング
フットウエア統括部デザイン部
スタビリティーサイロデザインチーム

私が担当しているのは、楽しむことを目的に走る、ファンランナー向けのシューズです。最近だと「GEL-KAYANO 30」をデザインしました。アシックスの数あるシューズのなかでもロングセラーで、シリーズのちょうど30代目にあたります。長距離をストレスなく走れる安定的な「乗り心地」と、ランニングを始めようというお客様でも直感的に手を出しやすい、柔らかそうなデザイン。機能面とヴィジュアル面を掛け合わせるように表現しました。

アシックスのシューズには、お客様の視点に立ったデザインが求められます。私自身は陸上競技経験のないファンランナーでしたが、トライアスロン向けシューズを担当したときには、数ヶ月の練習を積んで大会にも出場しました。リサーチによって機能性は把握できても、トライアスリートのマインドまでは理解しきれません。具体的なシーンと機能の関連性や、疲労時に気持ちを上げるデザインの重要性。実体験からデザインすることによって、お客様にも共感してもらえるような一足に仕上げられたと思います。

直感的な表現や実体験の価値は、多摩美で学んだことでもあります。プロダクトデザインの授業では、擬音語をプロダクトに落とし込む課題が印象的でした。私が作ったのは「ぽよーん」の言葉を起点にした懐中電灯。直感的な表現を試行錯誤した経験は、パソコンやスマートフォンの小さな画面でもお客様に魅力が伝わるようデザインするうえで、大いに役立っています。また、寺内隆先生(当時)の「自分が経験したことが一番説得力を持つ」という言葉も忘れられません。お客様のニーズを「自分ごと化」する姿勢は、いまでも私のデザインの指針となっています。

三宅さんがデザインした「GEL-KAYANO 30」

「経験をデザインのゴールに据える」という多摩美での学びを仕事に活かす

木暮 孝行さん
木暮 孝行さん

2013年|造形表現学部デザイン科卒

株式会社アシックス
パフォーマンスランニング
フットウエア統括部デザイン部
コンピート&トレイルデザインチーム

学生時代から陸上競技をやっていた私は、マラソンを本格的に走る市民ランナーや、山を駆けるトレイルランナーなど、コアランナー向けのシューズをデザインしています。直近ではカーボンプレート入りのトレーニングシューズ「MAGIC SPEED 3」を担当しました。1秒でも速く、長く走れるように、軽量性と反発性を進化させ、機能性に対して正直にデザインを起こしています。タイムの追求には感情も重要な要素なので、気持ちを高ぶらせるようなヴィジュアルを心がけました。専門性の強い分野ですが、お客様の間口を狭めないためには、遊び道具みたいに使える直感的なデザインに仕上げることも求められます。

感情をベースにデザインしていく姿勢は、多摩美の植村朋弘先生(現・情報デザインコース教授)から受けた影響が大きいです。植村先生の授業はワークショップのようで、UX(ユーザーエクスペリエンス)デザインに近いものでした。正解となるプロダクトが最初に決まっているのではなく、感情から経験をデザインしていく刺激的なものばかり。カメラ片手に人々のニーズを取材し、その経験をプレゼンテーションしたこともありました。最後にはプロダクトを作り上げますが、ものづくりの前段階にあたるプロセスに重きが置かれているんです。

シューズも商品開発がゴールではありません。どれだけ機能性が優れていようが、直感的でかっこいいデザインになろうが、問われるのはお客様とのコミュニケーションです。シューズによってお客様がどんな経験ができるのか。「経験をデザインのゴールに据える」という学びはずっと印象に残っていますし、いまの仕事にも活かすようにしています。

木暮さんがデザインした「MAGIC SPEED 3」(手前)