企業の人事担当者・卒業生に聞く/メーカー

インスタントカメラの「instax」など 主力製品の構想段階から関わる

富士フイルム株式会社

写真フィルムで培った独自技術を進化させながら、時代を捉えた事業領域でさまざまな製品やサービスを世の中に提供する。企業風土に深く根付いた「NEVER STOP」のマインドから、ヘルスケアやマテリアルズなど、近年は事業変革でも確かな実績を残している。
https://www.fujifilm.com/jp/ja  https://design.fujifilm.com/

2023年3月掲載


活躍している卒業生に共通するのが、プレゼンやコミュニケーション能力の高さ

酒井 真之さん
酒井 真之さん

2003年|プロダクトデザイン卒

富士フイルム株式会社
デザインセンター
デザインマネージャー

富士フイルムの事業には、大きく分けると3つの柱があります。ヘルスケアは、化粧品やサプリメントなど、予防・診断・治療に関わる分野の事業です。スマートフォンやタッチパネルに使われている材料や、機能性フィルム、データストレージ用磁器テープなどに関する事業がマテリアルズ。そして、カメラやレンズを扱うイメージングの事業があります。デザインセンターでは3つの事業それぞれにデザインの面からアプローチしており、マテリアルズの新素材開発分野に関しては営業や開発部門といっしょにデザイナー自らクライアントに企画の売り込みをすることもめずらしくありません。製品やサービスが世に出る過程の下流だけでなく、構想段階の上流からデザイナーが関与しているのがデザインセンターの大きな特徴です。

化粧品ブランドの「アスタリフト」、ミラーレスデジタルカメラの「Xシリーズ」、近年の大ヒット作である「instax」など、富士フイルムの主力製品の多くが多摩美の卒業生のデザインによるものです。活躍している卒業生に共通するのが、プレゼンテーション能力やコミュニケーション能力の高さ。美大出身者の割合が比較的多い職場ですが、多摩美の卒業生は言語化したり表現したりする力が抜きん出ていて、本当に新卒なのかと疑いたくなる人も少なくありません。プロダクトデザイン専攻では、学生の作品を教授が日替わりでチェックします。それゆえ学生は多角的な視点が獲得でき、美に対する柔軟性のようなものが育まれるのではないでしょうか。造形美や機能美、所作の美など、美を知覚する総合力とそれを言語化して表現していく力を持ったデザイナーは、これからも社会で求められていくはずです。


自分の頭の中にないアイデアに触れることで、多角的な視点を持てるようになった

亀井 敬太さん
亀井 敬太さん

2012年|プロダクトデザイン卒

富士フイルム株式会社
デザインセンター
チーフデザイナー

プロダクトデザインに憧れるようになったのは、深澤直人先生がデザインした「インフォバー」がきっかけでした。画期的なデザインの携帯電話に衝撃を受け、これをデザインした人と同じ大学で学びたいと思い、多摩美のプロダクトデザイン専攻に進学しました。

多摩美の授業のなかでも、とくに印象的だったのが、安次富 隆先生に課された「アイデアデベロップメント」という課題です。ひとつのテーマが与えられて、学生全員でそれを議論するというもので、たとえば「ハガキに1本の直線を引きなさい」というシンプルな課題に対して、約60人の学生が考えたアイデアが集まるんです。自分の頭の中からはとうてい生まれないようなアイデアに触れることで、多角的な視点を持てるようになりました。幅広い選択肢からどれに絞るかもすごく重要で、先生にも「セレクションが大事」と口を酸っぱくして言われたことは今でも心に残っています。これらは現在の仕事にも通底することでした。プロダクトデザインの現場では、一案だけ出して採用されるということはまずありません。幅広くアイデアを展開した上で、様々な観点を盛り込み、ステップを踏んでデザイン案を絞り込んでいきます。アイデア展開とセレクションの重要性を学べたことは、学生時代の大きな財産だと思っています。

今は「instax」というインスタントカメラ<チェキ>のシリーズとデジタルカメラを主に担当しています。スマートフォン用プリンターの「instax mini Link2」という製品では「写真を作ることを楽しむ」というコンセプトを設計するところから参加し、機能も提案してデザインに落とし込みました。AR(拡張現実)エフェクトを重ね合わせて空間に絵や文字を描く空間描画機能を搭載しただけでなく、音や振動などユーザーの五感に訴えるような機能も持たせています。今後は自分が提案してデザインをするだけでなく、サポートすることにも挑戦したいです。後輩へのアドバイスを通してアウトプットされていくものに興味を持っています。


コンセプトやターゲットを考えるところから関われることに大きなやりがいを感じた

会田 侑香里さん
会田 侑香里さん

2019年|プロダクトデザイン卒

富士フイルム株式会社
デザインセンター

入社して4年目になりますが、1年目の終盤には実際に販売される製品のデザインをしていました。最初に担当したのは、亀井さんの作品のフォーマット違いにあたる「instax Link WIDE」です。ワイドサイズのチェキをプリントできる製品で、機能が決まっていない段階からアイデアを出していきました。家で使うシーンが増えることを想定し、持ち運べるストラップに加えてスタンドが付いた2wayスタイルを提案。ライティングにも遊び心を持たせて3色から選べるようにしています。形や機能に先駆けてコンセプトやターゲットを考えるところからデザイナーが関われることに、新人ながら大きなやりがいを感じました。

2年目には超望遠ズームレンズのデザインを担当しました。レンズのデザインは光学的な性能を担保するために、設計要件を守りデザインする必要があります。美しいバランスを追求し、絞りリングの操作性、ボタンの大きさなども考え抜きました。限られた予算内で質感を出すために、塗料の調合や量にもこだわりました。自分の趣味趣向とのギャップがある製品なので、デザイナーとして製品の世界観に入り込んでいくことに苦労しましたが、それで鍛えられたように思います。

どんな仕事にも言えるかもしれませんが、プロダクトデザインには納期が存在します。限られた時間のなかで妥協することなく、自分が納得するまで追求し続けなければいけません。それは多摩美のプロダクトデザイン専攻の授業を通して磨かれた姿勢のように思います。優秀な同期に囲まれて、課題に順位がつけられる環境下で、だれにも負けないという強い気持ちで授業に参加していました。デザイナーにとって粘り強さはとても重要な素質です。多摩美で授業や課題としっかり向き合い、仲間と切磋琢磨した経験は将来に活きるはずなので、後輩のみなさんには4年間を大切にすごしてもらいたいと思います。

多摩美卒業生がデザインした同社製品
東京・西麻布にある富士フイルム デザインセンターのスタジオ「CLAY」にて