企業の人事担当者・卒業生に聞く/メーカー

立体造形のセンスと自己研鑽力を兼ね備える多摩美生は欠かせない存在

株式会社ミキモト装身具

主に真珠を配した宝飾品を造り続け、海外の一流ブランドと肩を並べるミキモト専属のジュエリーメーカー。MIKIMOTOの高品質なジュエリーを制作するほか、オリジナル製品の開発・生産・販売も手がけている。
https://www.mikimoto-jf.co.jp/

2021年12月掲載


豊かな創造性と飽くなき探究心で伝統ある「匠の技」を受け継ぐクラフトマンに

井上 堅太さん
井上 堅太さん

株式会社ミキモト装身具
経営管理部
総務人事課長

ミキモト装身具は、MIKIMOTOのジュエリーを制作している会社です。1893年(明治26年)に世界で初めて真珠養殖に成功した御木本幸吉が創業したミキモトから、昭和36年に専属工場として分離独立し現在に至ります。ミキモトで企画、デザインしたジュエリーを当社のクラフトマン(※)が制作し、厳しい品質チェックを経て世界各地のMIKIMOTOの店舗へ届けられます。
当社は2021年で創業から114年になりますが、創業当時からジュエリーを制作し、100年を経た今も変わらずにものづくりをしている企業は珍しいのではないでしょうか。

※クラフトマン・・・ミキモト装身具では職人のことをクラフトマンと呼んでいる

図形や立体の造形センスだけではない、自ら成長していける素質が不可欠

ジュエリーの制作工程はかなり細分化されています。当社では約3~5年で社員の配属を変えて、10~15年ほどでジュエリーの制作技術を一通り習得できるように指導しています。平面に描かれたデザイン画を立体化して魅力的なジュエリーに仕上げるのがクラフトマンの仕事なので、造形のセンスはとても重要です。採用時には図形や立体の試験を行い、頭の中で美しい立体をイメージできるかどうかを見させていただいています。
入社後は先輩クラフトマンから学んでいく部分が多いので、やはり技術指導やアドバイスをきちんと吸収し、自ら成長していける素質があるかどうかも大切なポイントになります。多摩美生は技術面と自己研鑽の素質、両方のバランスに優れている方が多いように感じますね。
入社した社員には1人前のクラフトマンに育ってもらえるよう指導しますし、1人1人に長く働いていただきたいと思っています。そのため福利厚生や社内制度の充実に注力しています。法令を上回る当社独自の育児休暇制度を整えるなど、女性が働きやすい労務環境も当社の大きな特徴の1つです。近年では男性社員の育児休暇取得も増えてきています。

最新の技術も取り入れ、より魅力的なジュエリーを

当社は歴史の長い会社ですが、100年前と同じ手法で制作を続けているわけではありません。現在約100名のクラフトマンが在籍しており、先輩方が培ってきた伝統的な技術を受け継ぎながらも、CADなど新しい技術を取り入れて制作を行っています。
CADを使うことによって手作業ではできなかった精緻な表現が可能になったり、CADで設計したパーツを樹脂で造形し、短時間で鋳造段階に移行したりといったことが可能になりました。その結果、工程納期が短縮されるとともにコスト削減にも繋がっています。伝統ある手仕事と最新の技術を融合することで、ジュエリー制作における可能性がより広まったと言えるのではないでしょうか。

ジュエリー制作の技術が国に認められ、これまでに当社のクラフトマンが3人、黄綬褒章を受章しました。初めは金属を扱ったことがなくても、技術を突き詰めていくことでこのような表彰につながる可能性もあります。今後も幅広い専攻から学生の方をお迎えしたいと考えており、ぜひ多摩美ともご縁が続けばと思っています。


「石定彫刻※」には銅版画で培った技術と集中力が生きている

天野 晴菜さん
天野 晴菜さん

2007年|版画卒

株式会社ミキモト装身具
制作第一部 制作二課

ダイヤモンドやサファイアなどの宝石素材をリングやペンダントのジュエリーにセッティングしたり、装飾の彫りを金属の彫刻刀のような道具で施す「石定(いしきめ)彫刻」という彫金作業を担当して約13年になります。扱う素材も高価ですし、ダイヤモンドのサイズも1ミリほどの細かいものが多いので神経を使いますね。最近では石定だけではなく、CADによる設計から細工に至るまで、全工程を一貫して行う制作にも取り組んでいます。

※ジュエリーの土台となる貴金属の地金に貴石をセッティングする工程は一般的に『石留め』と呼ばれますが、ミキモト装身具では「石定」の呼称が用いられています。

根気強く試行錯誤を重ねていく職人的な工程に魅力を感じて

多摩美時代は銅版画を専攻していて、紙に直接描画するのではなく、版を作って試し刷りを繰り返しながら作品を作り上げていくという職人技のような作業に魅力を感じていたので、ジュエリーの制作に特化した当社を希望しました。親戚にミキモトのデザイナーがいたので、ジュエリーに昔から馴染みがあったのも大きいですね。
私が担当している石定彫刻という工程は、使用する道具のほとんどを自身の手指の形や作業に合わせて自分で作ります。道具の良し悪しやうまく道具を使い分けられるかが品物のクオリティを左右するのですが、学生の頃も道具にこだわって制作していましたし、銅版画を彫る作業にも集中力や根気強さが不可欠だったので、当時得た経験や学びが今の仕事の大きな支えになっています。

夢は現代の名工、働きながら技術を磨ける職場で日々邁進中

多摩美の卒業生は私の他に3名在籍していて、工芸、彫刻など出身学科はさまざまです。
先輩方は技術を惜しみなく教えてくれて、ジュエリー的な造形物の制作経験や、金属を扱ったことがなくても親身になって指導をしてもらえます。先輩が手掛けた品物や使っている道具を見て参考にすることが何よりも技術の向上に繋がるので、入社当時はお給料をいただきながら学校で勉強させてもらっているような感覚でした。入社して10年以上経った今でも、とても贅沢な環境にいると感じています。
今後は技術をもっと身につけて、クオリティを損なうことなくいかに短時間で速く作れるか効率を考えながら、全工程を通して高品質の商品を作れるようになりたいです。東京マイスターや現代の名工(※)として表彰を受けている先輩がたくさんいるので、そのレベルのクラフトマンになれるよう、日々精進しています。

※東京マイスター・・・都内に勤務する技能者のうち、極めて優れた技能を持ち、他の技能者の模範と認められる者に東京都優秀技能者(東京マイスター)として東京都知事賞が贈呈される。

※現代の名工・・・金属加工・衣服の仕立て・大工などの職業を分類した全20部門の技能者を対象に、その道で第一人者と目されている卓越した技能を有する技能者を厚生労働大臣が表彰する制度。


CADと手作業を併用し、持つ人の心に響くジュエリーを

橋本 康平さん
橋本 康平さん

2016年|彫刻卒

株式会社ミキモト装身具
制作第一部 制作一課

CADを使用したジュエリーの設計と、道具を使って手作業で金属を造形するという二つの方法を併用して作業を行っています。CADをベースとした制作の際には実際に出力された立体が感覚と違うこともあるので、金属に置き換わったときをイメージし微調整を繰り返しながら作業を進めていきます。自分が手掛けているパートは他のクラフトマンがダイヤモンドをセッティングしたり、磨いたりする前段階の工程なので、完成品を見ると人一倍嬉しいです。作業に没頭していると1日があっという間に過ぎてしまいます。
まだまだ駆け出しなので正解を確かめながら手を加えていく時間が多く、「もっとこうすればよかった」「次はこうしよう」を繰り返しながら試行錯誤しています。

大きな作品から小さなジュエリーへ、創作の世界が一気に凝縮

多摩美では木彫で大きなものだと3メートルぐらいある作品を作っていたので、今は世界がギュッと濃縮された感じがします。彫刻学科に進む前は小ぢんまりした動物を作りたいなと思っていたのですが、当時の教授から『とにかく大きなものを作りなさい、今しかできないから』と助言をいただきまして。多摩美という恵まれた環境で作品と向き合う時間はとても有意義でした。
進路を考える中でも立体に携わる仕事がしたいという思いがあり、就職課の方に相談したところ、紹介された会社がミキモト装身具でした。
扱う素材が木から金属に変わり、顕微鏡を使用しながらの細かい作業になったので、チェーンソーを握っていた身からすると最初は抵抗がありました。ただ、仕事の内容的に彫る作業はありませんが、削って形を作るという部分には多摩美で学んだ経験が生きていると感じています。CADに関しても、3Dのソフトを個人的な趣味で使っていたので苦手意識はありませんでした。いろんなことをやっておいて良かったなと思っています。

持つ人の癒やしや自信になるジュエリーを作りたい

実はまさに今、念願だった動物モチーフのジュエリーの制作に携わっています。自分で1から作っているわけではありませんが、金属に穴を開けたり、カラーストーンの配置を決めたりする作業に関われているので、とてもやりがいを感じています。
自分が手掛けたジュエリーを手に取った方が、それを持っているだけで癒やされたり自信になったりするものを作れるようになりたいですね。高価なものですし、じっくり選んで身に着けるものなので、持つ人の心に響くジュエリーを作るのが目標です