≪現在≫今に至るまで、どんなキャリアをどのようにして積み上げてきたのか

安次富:学生時代については、どこまでも話が尽きませんね。ここで、少し真面目なところにシフトして、今の皆さんの現在の話をしましょうか。たとえば、NECで今、デザインで、1番力を入れていることは何でしょう?

デザインの役割拡張という世の中の潮流。
その中で自分のキャリアを磨き、アップデートしてきた。

勝沼:皆さんのなかにも、NECって何の会社?という方が、結構いらっしゃると思いますが、NECは125年の歴史を持つ、社会インフラや通信など、日本のミッションクリティカルを支え続けてきた企業で、今はBtoBで非常に幅広い事業を行なっています。

2018年に、経産省特許庁からデザイン経営宣言が出されました。要はデザインの力を経営に生かしていこうという方針です。そこで、2020年にNECに入社した僕は、この企業でデザインの力を活用できるのは、どういうところだろうと真面目に考えてみたんですよ。結論としては、「経営戦略とブランド戦略を一体的に考え、そこを軸として、すべての企業活動にデザインの力が活用できるはずである」という仮説を立てました。それを会社のトップマネジメント層に対して、積極的に提案していきました。

その結果、今、僕がNECのデザインを担うコーポレートデザイン部のチームを統括していますが、組織上の位置づけは経営企画部門です。本部の経営企画部門にデザイン部隊が存在していることは、なかなかないんですよ。外部の方々から、「どうしてこういうことができているんですか?」と聞かれることがあるんですが、これは僕がこれまで積んできたキャリアによるものだと思っています。

僕は多摩美のプロダクト出身で、プロダクトデザインが大好きで、ずっとやってきて、僕の軸の中にはプロダクトデザインは存在していました。でも、その軸をコミュニケーションのデザインやビジネスのデザインなどに横展開していって、すべての企業活動にデザインが活用できるという仮説をもとに、キャリアを積んできた、それが今につながっている。そして、これをさらに推進していくことが、NECでのデザインの活用において重要で、僕らのやりたいことなので、今もこれからも取り組んでいきたいと考えています。

安次富:なるほど。NECは、もともとは家電メーカーで、おそらく入社当時はPCなど、ザ・プロダクトをやっていたわけじゃないですか。それが変遷して、今はもう家電メーカーではなくなっていますよね。そういう変化を、勝沼さんはどのように受け止めていたのでしょう。プロダクトをやらなくなったなら、辞めようという人もいたと思いますが、勝沼さんは、そこに食いついて、今や企業自体をデザインする立場に来ている。自分の中で、どのように受け止め、整理してそこにたどり着けたのかなと。

勝沼:NECは大きい時代の流れの中で変わり続けて、今は社会価値創造型企業、いわゆるITサービスと社会インフラをメインの事業とする会社になったわけですけど、2000年から2014、5年あたりまでが、ドラスティックに変わったタイミングだと思っています。社会情勢もありますけれども、toCのビジネスからtoBに完全に振り切る判断をしたのが、そのタイミングです。その頃、僕はNECを離れてソニーにいたので、はたからNECを見ていましたが、ただ、BtoBでソリューションビジネスをやる会社になったところで、そこには、そのサービスを提供するためのプロダクトは存在していると考えると、そこには相変わらずプロダクトのデザインは存在している。ただ、プロダクトのデザイナーが、いわゆるプロダクトビューティーだけを追い求めるのではなく、その周りにあるサービス、ソリューションを、要はお客様の体験をどう設計するかというところに、大きくシフトしたタイミングだったと思います。それは、世の中全体のデザインの役割の拡張という話につながっていく、ターニングポイントだったと。ですから、僕自身としてはそんなに意識しないで、世の中の潮流に合わせて、自分のキャリアや考え方を、どんどんアップデートしていったという感じですね。

デザイン領域が広がっても、そのノウハウには汎用性がある。
自動車にソニーの技術を活用し、新たな可能性を探る事業展開。

安次富:同じようなタイミングで、ソニーも、いろんなことに手を広げていますね。

石井:そうですね。デザインもプロダクトだけじゃなくて、エンターテインメントの未来への提案、半導体のサービスのUIUXやブランディング、オフィスの空間デザインもやっていたり。当然、PlayStation®のゲームのコンソールデザインも。あと、金融。ソニー生命のサービスアプリのUIUX開発も担当してます。

安次富:石井さんは、デザインセンター長として、どこまでカバーしているんですか?金融といったら、もう専門家の領域じゃないですか。

石井:クリエイティブセンターでは、プロダクトだけでなく、様々なブランディング、UIUX、サービスデザインを担当しています。実際、プロの使うシネマカメラのソフトウェアのデザインをやっていたデザイナーが、金融領域のアプリのサービスデザインをやっていたりもします。シネマカメラの場合、映画監督や撮影監督の話を現場に行ってリサーチして、そこからUIUXを決めていく。その手法はそのまま、ソニー生命のライフプランナーにヒアリングしてアプリ作っていくのと、プロセスは共通するものがあります。プロダクトのUIUXを作るのと同じように金融サービスのUIUXを作っています。

安次富:モビリティに参入した理由は?

石井:理由はモビリティの進化への貢献です。そのキーの一つとなっているのはイメージセンサーです。皆さんがお持ちのスマートフォンにも、ソニーのイメージセンサーが使われています。スマホにはご存じの通り複数のカメラが搭載され、イメージセンサーのビジネスも大きくなっています。車も自動運転などの技術が進化することで様々なセンサーが必要になっています。もう1つはエンターテインメントです。車に通信機能が搭載されることで、オンラインゲームも可能になってくる。さらにはもっと新しいサービスもできるかもしれないし、もっと楽しいエンターテインメントが生まれるかもしれない。移動する車内空間をどうやってリッチな空間にしていくかなどを考えています。

安次富:ソニーは、イメージセンサーやセンサリング技術を持っているし、ゲームも持っているから、それをプロモーションするためのツールとして車なのかなと思っていた。真面目に車をつくる気はなくて、車メーカーにそういう基礎技術を売るのかなと思ったら、ホンダと車をつくろうとしていますよね。

石井:ソニーは、VISION-Sという最初のプロトタイプをヨーロッパの会社とつくったのですが、量産車を作るにはその知見やノウハウをお持ちの会社との連携が不可欠でしたので、ホンダとの協業が始まりました。コラボレーションとしてのスタディから、ジョイントベンチャーとしての検証をする中で、お互いポジティブな会話が成り立ったと聞いています。ソニーはPlayStation®でやっているようなクラウドサービスや、ユーザーにむけたサービスを、ホンダと協業し、ソニー・ホンダモビリティとして開発・発売するAFEELAに反映しています。

研究開発から商品サービス、ブランドコミュニケーション全体を網羅。
デザイン経営を推進する中で、実際に目に見える物の表現を。

安次富:木村さん、パナソニックはもう何でもやっていますね。

木村:そうですね。暮らしという切り口は、矢野さんの積水ハウスと非常に近いですし、身近なところでは家電が知られていますが、キッチン、ライティングのソリューション、建材も家もありますし、街全体のソリューションもあります。今は、デザインのR&D(※)から商品サービスから、あとコミュニケーションデザインもやっていると。ブランドコミュニケーションみたいな領域全体をやっています。私の場合は、デザイン出身で初の役員が誕生したことで、これを機に経営に深く入り込みました。デザイン経営、デザイン思考で戦略を考えたときに、その結果を見えるものとして、実際の表現として出していきたいと考えて、家電を中心とした物の全体感をつくってきました。

※R&Dとは、Research(研究)and Development(開発)の略

安次富:今、何か軸足にしている部分はあるんですか。デザインとして何か軸にするのは、やっぱり家電なのか、あるいはハウスなのか。

木村:家電から徐々にシフトしていますね。事業の規模としては、かなり大きいですが、そこからもう少し暮らし全体へ、矢野さんのところと一緒にやらせていただいているような、暮らし空間のようなところに、どんどん広がっています。照明や、いわゆる住宅建材などに非常に強いので、そこを含めて、BtoBの領域にかなりシフトはしてはいます。けれども、顧客とつながる一番もとになっているはBtoCのところなので、そこでブランドのイメージを持ってもらって、結果としてBtoBの商売につながっていくわけです。ですから、やはり最初のお客さんとの接点を、すごく大事にしていると思いますね。

安次富:そこは創設者の松下さんの意思が、続いている感じがしますね。

木村:そうですね。

家を建てることは、街並みをつくること。
今、工業化住宅に求められるのは、感性と社会への貢献。

安次富:矢野さん、今、ハウスメーカーとしては、どのようなことをやっているんでしょうか。

矢野:皆さんハウスメーカーに注目したことはないかもしれないですけど、工業化住宅は、ほぼ日本にしかないんです。プロダクトとして標準部材を作って、効率よく家を建てる工業化住宅を、創業60年来、耐震性や防火性による安全・安心に配慮し、また、快適性や環境性能などやってきたのが積水ハウスという会社です。

そもそも、一級建築士の資格も持っていない私に、なぜ声をかけるのかというところが、1つの肝かなと思っていたんですね。積水ハウスには一級建築士が約3000人いて、本当に何万棟もの家を建てている、ホテルも賃貸も分譲マンションも手掛けています。そこに何が必要だったのか、これから必要なのか考えてみると、私に声をかけていただいた理由がわかるんです。家を建てることは、街並みをつくることなので、社会にどう貢献ができるかを、特にリーディングカンパニーは考えていかなきゃいけない。お客様が、気持ち良さや居心地の良さ、美しい街並みと感じるのはどういうことなのか。なんとなく感覚で、これが素敵、あれが美しいとか言っていたのを、科学的に言語化して、それをきちんとエビデンス化して納得してもらうことが求められているんです。今は、上手に生成AIを使いながら、気持ちよくお客様といいお家づくりをしています。すごく逆行している気もするけれど、工業化住宅に今必要なのは、感性と社会への貢献ということで、すごくいろいろなことにチャレンジしています。

安次富:ユーザーと面と向かってやり取りするのは、ハウスメーカーの特殊性ではないですか。デザインセクションの人が、ユーザーと話しながら物をつくることは、あまりないですよね。

矢野:そうなんですよ。結構もう、がっつり会話をしなければいけない。しかも奥さんと旦那さんで全然感覚や感性も違ったりすると、いろんなことが起こる。でも、技術的には100年続く家づくりができる自信を持っているので、その中でどうやって愛着を編み込んでいって、大事な日本のストック価値として残していけるかということ。子供に継ぐか、誰かに売るにしても、その良質なストックをどのように増やしていくかが、すごく問われているタイミングだと思っています。