≪未来≫今後どのようなデザイナーが求められていくのか、そのためには何を学べばいいのか

安次富:時代とともに企業はそれぞれ変化していて、NECやパナソニック、ソニーも家電系という括りではなくなっているし、積水ハウスも家を軸にしながら、暮らしというソフトな部分を考えるようになってきていますね。AIの話も出ましたが、さらに世の中はどんどん変わっていくだろうと思います。大学では、いまだに、たとえばデザインだけでも、プロダクト、グラフィック、テキスタイル、情報と分かれていますが、学生たち自身は、あまり境界はないじゃないかなと思っているんですね。どの学科でも、アート系もデザイン系もみんな、映像をやっていたりアニメをやっていたりする。その中で、学生の皆さんは、どのような学びをしていったらいいか、今後、どのようなデザイナーが求められるかといった、未来の話をしてもらえればと思います。
求められるのは、自分の中にしっかりとした軸を持ちながら、
デザインのカテゴリーの境界を曖昧に、横展開できるデザイナー。
勝沼:企業が求めるデザイナーの像は、少しずつ変わってきています。特にうちは、DXのリーディングカンパニーとして、AIとセキュリティに強みを持つ、さまざまなソリューションを企業や政府に展開しています。先ほど安次富さんがおっしゃったように、皆さんの中でデザインの境界が曖昧になっていることは、どういうデザイナー像を目指していくかと考えたとき、いい傾向だなと思っています。結局、デザインすることは、対象物が何であれ、本質的に考えていくと同じじゃないかと思っているんです。そもそもデザインというのは、対象物がプロダクトであれコミュニケーションであれ、物事の本質を引き出して、そこから伝えたいメッセージを研ぎ澄ませて、それを最終的に美しく分かりやすく表現する、きちんとアウトプットまで結びつけることだと考えています。だから、対象物がプロダクトでもコミュニケーションでも、事業でも会社でも同じなんじゃないかなと。ですから、まず、皆さんの持つべきマインドセットとしては、デザインの境界を曖昧にして、自分の可能性を広げることが、大事なことだと思っています。でもその時に、自分の軸は何だろうというのをちょっと考えて欲しいなと思っている。僕は今、こんな偉そうに語っているし、さっきの会社の紹介のところでも、幅広いデザイン、クリエイティブ領域にみたいな話をしていましたけど、「軸は何?」って問われたら、「プロダクトのデザインです」と自信を持って答えることができるんですよ。あるカテゴリーで、ちゃんとデザインってこういうことだよねと理解できる状態で、かつ、他のデザインのカテゴリーの境界を曖昧に、横展開できるようなデザイナーというのは、企業側としてはぜひ欲しいと思いますね。
安次富:軸はちゃんとあるけれども、ピボットポイントがあって、自由に動けている人がいい。
勝沼:そうですね。軸がないと皆さんも自分に自信が持てないんじゃないかなと思うんですよね。だから、そういう人材だとすごく魅力的に思いますね。
安次富:軸っていうのは専門性ですか。それともマインド的なところですか?
勝沼:それはどっちもありかなと思っていますね。いわゆるプロダクトデザインを軸にしますと言ったときに、本当に本質からちゃんとアプローチして、最終的に美しいプロダクトを生み出すことが僕はできます。これは立派な軸じゃないですか。でも、その結果を導き出すために、僕のアプローチはこういう特別な軸を持っているという話でもいい。自分で「これ、俺イケてる。私イケてる。」みたいに語れる状態になっているだけで、学生さんが持つべきマインドセットとしては十分だと思います。会社に入ってから、幅広に、やりたいことやりたくないこと、いろいろ仕事をしていく中で、その軸も勝手に深まっていったり、幅が広がっていったりすると思うので。まずは、学生のうちから意識して動いてもらうだけでも、全然違うのかなと思います。
求められるのは、ストーリーをつくる力や、曖昧なものをビジュアライズする力。
未来を描き、それをビジュアル化して伝える力は、デザイナーだけにしかない。
安次富:めちゃくちゃ納得するんだけど、石井さんはどうですか?
石井:軸があるというのは大切なことだと思います。その上で、デザイナーに求められているのは、ストーリーをつくっていく力とか、ふわっとしたものをビジュアライズする力だと思うんですね。先日、10年後のソニーのありたい姿を描くというプロジェクトにデザイナーも携わったのですが、10年後のビジョンをリサーチし、それをビジュアル化して伝わるものにすることは、デザイナーならではの能力だと思います。
そのプロジェクトで描き出したビジョン「Creative Entertainment Vision」には、ソニーはここにいる皆さんのような学生さんたちも含めたクリエイターと共に、フィジカルとバーチャルが境界なく重なり合う多層的な世界をシームレスにつなぎ、クリエイティビティとテクノロジーの力による無限の感動を届けていく、というメッセージを込めています。そのプロジェクトでは、リサーチから始めて、プロダクト、UIUX、グラフィックのデザイナーが協業してトップマネジメントやソニーグループの各領域で活躍する人たちと一緒に1つのストーリーをつくっていきました。やっぱり、想像力とスキルのあるデザイナーの貢献は大きかったと思います。それぞれの専門性は何であれ、想像上のふわっとしたものをビジュアライズすること、トップマネジメントやリサーチャー、エンジニアやいろんな人が思っているものを可視化することは、デザイナーならではの研ぎ澄まされた各々の「プロフェッショナリズム」があってこそかなと思います。
安次富:もう少し石井さんに突っ込んで聞きたいのは、もともと石井さんは一般大学を受けて、そこから美大にシフトしてきたじゃないですか。今やデザインを、たとえば東大でも法政でも、いろんな一般大学でも教えるようになって、美大卒ではなく、要するに画力などがなくても、デザイナーがいっぱい出てきているわけですよ。美大で学んでいる皆さん、ここにいる学生たちの強みは何だと思いますか?
石井:やっぱり、ビジュアライズするときのセンスは、美大の学生たちが圧倒的に優れているかなと思います。だから、補完し合えばいいと思うんですよね。デザインというよりもどっちかというと、ストラテジー寄りのデザインをやるメンバーと、それをちゃんとビジュアライズして、デザインできるというメンバーを組み合わせることで、相乗効果が出ると思いますね。話はちょっと変わりますが、最近我々はアニメ制作ソフトの開発にも携わっています。アニメ制作の現場では、背景や原画、動画、音楽、それらがバラバラに進行していて大変なんですが、そういったものをうまくまとめるソフトウェアのUIUX開発をデザインチームで担当していて、ついにアニメオタクだった自分の時代がソニーにも来たかなと思っています(笑)。アニメや文学に限りませんが、そういういろいろな興味を持っていることがデザインの領域を広げるのかなとも思います。
AIが担えるのはデザインの「起承転結」のうち「承と転」だけ。
「起と結」のために、センスを磨くことに時間を費やしてほしい。
安次富:どうですか、矢野さん。スキル、軸足という話が出ましたが、いまだに学生たちは、私はフォトショができますとか、イラレができますとか、絵が上手いですとか、技術的なことを言いたがる、私はこれが得意ですみたいなね。でも、たぶん、AIが技術的なところをバンバン奪い取っていくわけだから、それを持っていてもしょうがないという時代になってきている。そういう意味で、何を学生たちは今の時代1番身につけていったらいいか、何か意見はありますか。
矢野:AIにいろんなものを奪われてしまう面もあるんですが、今私は、逆に相棒ができたと思っています。デザインをするときの起承転結でいえば、きっと相棒であるAIは承・転をすごくやってくれて、たぶん私たちはその分の時間がもらえるんですね。でも、絶対にできないのは起と結だと思っていて、どういうものをAIに学習してもらうか、聞くかっていうのは、まさにセンスだと思っているんです。あと、AIがこうなんじゃないかとたくさん言ってくれた時に、ジャッジしてこれにしようって思うのも、結局はセンスなんですよね。だから、私たちのときには、フォトショを使えるようにするとか、マネジメントするようになると、ワードが早く打てるようになるとか、いろいろやってきました。でも、きっと皆さんはそんなことはもういらないから、私たちより、センスを上げていくために、もっと時間ができると思うんですよ。とはいっても、どうやってセンスを上げていくかですよね。何が好き、それこそ軸って言ってもいいのかもしれないけど、これが好きだっていうものを見つけるのが、たぶん、皆さんは私たちのときよりも大変になっている。なぜなら、無印良品が1980年にできたけど、その頃は、そんなブランドはたいしてなかったんですよ。だから無印良品はすごいアバンギャルドだと思ったし、かっこいいと思った。だけど今、普通にローソンにあるじゃないですか。そして百均もあればユニクロもあってニトリもあって、皆さんには、私たちのときよりも本当にたくさんの選択肢があるから、何が好き、何に憧れるっていうことに手応えがつかみにくいんだけど、そこでつかんでほしい。そこで何かを信じることができれば、それを軸に特化して、センスを磨いていけるんじゃないかなと思っています。それこそデザインに垣根がない時代、AIという強い相棒がいる時代に、センスを磨くために時間を費やしてほしい。
安次富:それだと美大にいる意味がすごくありそうですね。
矢野:ありますね。本当に、ファインアートを見てどう感じるのか、彫刻と向き合っている同級生は、何を感じて今つくっているのか、あとは、ちょっと気になる物についてルーツを紐解いてみるのも、結構いいと思います。
安次富:いいですね、ルーツね。
矢野:今は、物がいっぱいあって簡単に手に入るけれど、意外と、今ここにある物がどういう気持ちでデザインされて、どういう人が、たとえば、第三国で作っているのかわからない。そういうことをちょっと紐解いていくと、その物自体とかデザインというものにもっと興味がわくんじゃないかなと。
安次富:いいですね。自分の興味のあるところから、深くグーっと入っていくということが大事だっていうことですね。
チームでコラボレーションしていく力が大切。
美意識を研ぎ澄ませていくことは、絶対に強みになる。
安次富:木村さんは、どうでしょう。これからのデザインはどうあるべきだと。
木村: 今、僕らはデザインの領域を広げているので、単にプロダクトのデザイナーを採用するだけじゃなくて、UI、UX、グラフィック、他にもデザインエンジニアも採りますし、あるいはインサイトリサーチャーも採りますし、CMFのスペシャリストも採ります。いろんな強みを持った人を採るんですね。僕らは、グラフィックデザインにしても、ある程度センスはありますけれど、プロフェッショナルのようにはできないので、そこにはちゃんとした専門家が必要だと思っているんです。自分一人でやるわけじゃなくてチームでコラボしたときに、そのチームの中で、いろいろなスペシャリティを持った人と、どんなクリエイティブをやっていけるかということ。これからの人には、そういうコラボレーションしていく力は、すごく大事になってくると思いますね。 それと、AIの話で言うと、矢野さんが言われたセンスに近いかもしれないですが、僕は、最近、美意識と言っているんですけど、今のところ、これはAIには担うことができない部分だと思っています。美意識というと、ちょっとセンスとニュアンスが違ってくるかもしれませんが、たぶん、経営者の中にも美意識が高い人はいると思っていて、たとえば、経営の中に美意識を入れるみたいなことも言えるし、あるいは、皆さんが言っているセンスみたいな話にもつながってくるし、あるいはロジックの中にある種の美意識があるみたいな言い方もできる。だから、すごく思想的なところにもつながっていく気がしています。そういう意味で、今、皆さんが研ぎ澄ましている美意識みたいなものは、絶対に強みとして役立ってくると思いますね。
学生からの質問
学生A:自分の軸がわがままになっているのではないか、ただのエゴになっているのではないかと不安です。
矢野:人に迷惑をかけなければ、わがままでいい。言葉や絵など自分の技術を使って、それをみんなに伝えていけたら、それはもうわがままではなく、あなたのアイデンティティーになると思う。
石井:人の意見を聞くのがいいと思う。それが、わがまま度合いを測るいいバロメーターになるのではないかな。
勝沼:人の意見を聞くことで、自分のアウトプットのクオリティを高めることができる。最後に決めるのは自分なのだから、あまり気にしすぎずに、もう少しわがままに振る舞ってもいいと思う。
木村:会社に入ってからは、要望に対して絶対にノーと言わないでやってきた。ただ指示されたとき、常に相手を喜ばせようと考えてやってきたことで成長した。その先にはお客さんがいるので、お客さんに喜んでもらい、評価されることにつながる。
学生B:デザインをする中で、自分がエッジやディティールなどにこだわりを持ったところで、こんなところは誰も見てないのではないか、そもそも美しい必要があるのかと疑問を持つことがあります。
勝沼:入社当初に関わったコンビニのバックヤードの端末を、すごくディティールにまでこだわってデザインした。結果的に、業務用のバックヤードの商品で初めてデザイン賞を受賞するような評価を受け、企業としてもそのカテゴリーで良いデザインを生み出す新しい文化をつくることができた。花々しくデザインが取り沙汰されないものにも、デザインは必要。信念を持って、デザインをしていけば評価されるし、何かを変える第一歩になるかもしれないので、あまり悩まないほうがいいと思う。
石井:デザインは、人に伝わらないと意味がないし、使えないと意味がないので、最低限そこを守り、突き詰めていくと、そのために必要なディテールやエッジが生まれてくる。だから、ゴールをイメージした方が早いかもしれない。この時間内にここまで、課題のゴールはこれだからと考えていくと、ディテールも必然的なものが生まれていくと思う。
学生C:目の前の課題に向き合うのが精一杯というところから、どのように抜け出していったのか伺いたいです。
石井:いまだに抜け出してはいないかもしれないけど、コンセプトや言葉で、自分の勝ち筋がなんとなく見えてきて、自分なりの表現ができてきたのが、3年生の頃だったと思う。
木村:苦学生でバイトに励んでいたが、真剣に課題に向き合うために、それを制作費に回していた。生活やバイト、学生生活にも必死、遊ぶことも一生懸命やって、本当にフル回転で走っている感じだった。今のまま、全速力でやったら、必ず何か起こると思う。
矢野:環境が変わっても、それぞれの時期に必死でやってきて、それは今も同じ。だから、むしゃらにやれということではなくて、動いていく中で、出会いがあったり、話すことで発想して成果が出たり、褒められたり、失敗したりする。こういうことが、ずっと続いていくことが、私は好きなのかなと思う。