八王子校舎増築に関して 一、大学は相継承して永久に存続すべきものと考えます。 英・仏・伊・独などの主要な大学は、幾世紀ときに1,000年をこえる伝統の上に培われてきました。日本における大学の歴史はまだ浅いとはいえ、将来にむかって永続し発展するだけの基礎を持たなければなりません。従って大学には、常に遠い将来へのビジョンがなくてはならず、単に目前の学生の在学期間だけを対象にした短期の計画にとどまってはならないのであります。 二、大学には常に大きな理想が、すなわち立派な教育理念がなくてはなりません。そしてこの理想の実現にむかって、いつも前進しなければならないのであります。われわれはその実現のために、最もふさわしいと思われる教育施設の充実に腐心してまいりました。そうして漸く今日の状況にまで到達したのでありますが、まだまだ理想には程遠いものがあります。 三、われわれの夢は、本学をして、わが国の美術大学の最高水準を行く総合単科大学に発展せしめたいということであります。そのため理事会・評議員会においては、このたび本学の教育と研究の施設を充実して、従来の四科に建築科と造形計画科を増設し、なお工業デザイン科と染色デザイン科を独立させ、合計八科として全学生定員二,000名の理想的な大学を造る具体案を立てました。 四、学園のマンモス化による機械的なマスプロ教育をさけて、少数の充実教育を行なうことは、私学として最もむずかしい仕事であります。しかし、本学はあくまでも二、000名の学生定員を建前とし、校地五万坪(一六五、000u)、校舎一万坪(三三、000u) 五、そこで目下の方針として、四十四年度の新入生から画期的な教育課程を企画実行して、新時代への美術教育に道を開きたいのです。すなわち、一、二年生には基礎教育を、三、四年生には専門教育を、徹底的に履修せしめ、大学院においてさらにこれを最終的に仕上げて世に送り出したいのであります。ただし、四十四年度は一年生のみを八王子の校舎で教育し、二、三、四年生には上野毛の現校舎で授業を継続させます。 六、わが国の私立大学は、今や一大危機に当面しつつあります。  すなわち  イ、ベビーブームの解消から来る大学進学者の激減  ロ、就職戦線における学歴不問の実力主義競争  ハ、物価上昇に伴う進学者の減少  などの悪化条件は、すでに表面に現われてきました。これらを考慮に入れながら、本学は敢えて進んで、最高水準の美術教育の実現により、窮地に活を求めんとするものであります。  諸先生方には本学の意のあるところを諒とせられ、ご協力をたまわらんことをお願いする次第であります。   昭和四十三年六月十四日 多摩美術大学  学長  石田英一郎  理事長 村田晴彦 なお、八王子の新校舎増設の経過とこれに関連するすべての問題につきましては、近く全教員の皆様に具体的な説明を申上げる会合を催したく、また親しく現地の実情や地理景観などを見ていただくための日程も考えております。