TAMABI NEWS 86号(2020年度受賞ラッシュ特集)|多摩美術大学
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第30回 吉田秀和賞【審査委員選評】より 荒川徹の『ドナルド・ジャッド―風景とミニマリズム』には、芸術論、評論として、論説に確実なシステムがあります。ミニマリズムに関する著作が多数あるなか、本書はミニマリズムに徹し、論点が展開していく上での標的(アーティスト、年代、場所)が具体的に絞られている点が非常に良いと思いました。かつミニマリズムを都市、建築、工業製品、人工的なランドスケープなど「美術外」の思考と接続させて論じており、展開のヴァリエーションが豊かで、文脈が開かれています。若手の論客として、近年の新しいメディアを含む現代的な視点によって書かれており、何より読ませるということが印象に残っています。 2020年度 受賞ラッシュ特集荒川 徹06年芸術学科卒業磯崎 新 氏(建築家)受賞作品『ドナルド・ジャッド――風景とミニマリズム』(水声社)現代アートを代表する美術家、ドナルド・ジャッド(1928-94)の絵画やオブジェクト作品、建築から家具制作に至るキャリアを中心に、ミニマリズムの芸術がいかに人工的な風景や工学的構造などに触発されてきたかを深く追求した研究書。本全体がミニマリズムに影響を受けたアートワークとして考えられており、本文も文字が小さく横書きであるなど、一般的な人文系の研究書とは一線を画した造本設計となっている。(装幀:宇平剛史)05TAMABINEWS社会に過剰に適応したことをやらなくても良い 現代音楽への関心から芸術研究を志すようになった私にとって、今回の受賞は信じられないほどであり、たいへんうれしいことでした。作品の構成要素を極端に減らすミニマリズムは、そもそも既存の人工化された風景や建築に大きく影響されたのではないか? ということを長らく考えていました。ミニマリズムは美術にしてはあまりにも四角く、建築というよりもさらに、土木の構造体に似ています。自分でも土木の写真をあちこちで撮りながら、構成要素を減らしていくミニマリズムを、高速道路やビルなど、抽象化された風景や建築と結びつけて、工学的に分析したのがこの本です。ドナルド・ジャッドが空間や風景、生活を統合する自らの芸術を構築していったプロセスを、ミニマリズムの作品形態の急速な変貌とともに描き出しています。 私の本は研究書ですが、それ自体をミニマリズムに影響を受けた「アートワーク」として考えています。受賞するタイプのものではないと思っていましたが、この結果を受けて、社会に過剰に適応したことをやらなくても良いという意識を強めました。今後は自分の専門である芸術理論を確かに広めていきたいと考え、ここ10年ほどで書いた映像論・美術論を、新しく本としてまとめようと思っています。映像制作の実践的な方法論を、技術的なノウハウだけではなく、思考の方法として構築しなおしたものになる予定です。 大学卒業から今回の受賞までは14年ほどかかっています。たとえ5年や10年で結果が出なくても、気にせず継続することが大事だと思っています。椹木野衣教授も受賞した、優れた芸術評論に贈呈される賞 音楽を中心とした芸術評論に多大な功績のあった吉田秀和(1913-2012)の名を冠し、1990年に創設された賞。音楽・演劇・美術などの分野で優れた芸術評論を発表した人に贈呈される。水戸市芸術振興財団が運営。過去には共通教育・椹木野衣教授も『後美術論』(2015年 美術出版社)で受賞している。今年度は候補書籍総数135点の中から、水戸芸術館設計者で建築家の磯崎新氏と評論家で慶應義塾大学法学部教授の片山杜秀氏による厳正な審査の結果、荒川さんの著書『ドナルド・ジャッド――風景とミニマリズム』が選ばれた。ミニマリズムを具体的に論じながら「美術外」の思考と接続させた『第30回吉田秀和賞』 06年芸術学科卒業の荒川徹さんが受賞

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