職業としての漫画家になれるとは全く思っていませんでした。今でもそうですが。 そんなとき、大学でアニメーションの授業が新しく始まりました。担当教諭の片山雅博先生(※1)は、膨大な量の世界の短編アニメーションを見せてくれました。アニメーションを制作する課題も出ましたが、ほかの授業の課題とは違って遊ぶような感覚で夢中で取り組んでいました。片山先生はとにかく褒めてくれるので、後半は「その褒めには騙されないぞ!」と思いつつ夢中になっていました。 この授業では、後に『つみきのいえ』(※2)でアカデミー短編アニメ賞を受賞する加藤久仁生君と出会えたのも大きかったです。今考えると恐れ多いのですが、共同で『ROBOTTING』というアニメーションを制作したのは大切な思い出です。加藤君以外にも同世代の、まだ世の中に出ていない天才がふらっと身近にいて、その才能を間近で見られたのが大学に行く意味のひとつだったと思います。 大学卒業後はゲーム会社に就職しました。最初は広告系を受けていたのですが全然ダメで、改めてポートフォリオを見返したら「ゲーム会社向きだな」と気がついて。例えば、漫画やアニメーションは、キャラクターを考える際にストーリーや設定、動きや演出など全部込みで考えるんですけど、ゲーム制作にそれが役立ったんですね。 ゲーム会社には高橋慶太さんというこれまた大天才がいて、『塊魂』(※3)というゲームのプロジェクトに参加させてもらいました。この『塊魂』があまりも素敵な企画な上に、自分の趣味や能力を全開で発揮できるものだったので、とてもやりがいがありました。だからこそ「今後、ゲーム業界にいてもこれほど幸せな仕事に出会えることはないな」とも思ってしまいました。成仏してしまった感じです。会社勤めの間も副業でイラストレーションや漫画、アニメーションの仕事はポツポツと続けていましたが、これからはそちらに軸足を移していこうかなと思い退社しました。自分みたいなタイプは、会社にいたらいずれお荷物になりそうですし。 今も絵本やイラストなどいろいろやっていますが、やはり自分にとっての創作の原点は漫画で、芯となる表現方法だと思っています。なんでそんなに漫画が好きなのか考えたんですけど、ページをパッと開いたときにたくさ(※1)片山先生はお亡くなりになられ、現在は野村辰寿教授に引き継がれています(※2)同期の加藤久仁生監督による『つみきのいえ』(2008)。アカデミー賞短編アニメーション賞を受賞 漫画学科のない多摩美では、漫画の描き方を直接的に教わる機会はありません。しかし、表現と向き合う姿勢はどんな創作活動にも通じるものです。絵画やグラフィックアートに限らず、彫刻や身体表現など異なるジャンルのアートに触れながらそれぞれのあり方を模索していく「表現の冒険」は、自身の表現の幅を広げてくれます。同時に、それは自分の創作活動を見つめ直すことにもつながります。さまざまな創作手法のなかで、なぜ自分は漫画を描くのか。そもそも表現とは何なのか。多摩美でさまざまなアートと接するなかで、じっくり向き合ってもらえたらと思います。 漫画家を目指す学生にとって、アートという文脈から漫画を捉え直し、表現の幅を広げていく経験はきっと大きな財産になるはずです。実際、在学中に編集担当がついたり漫画家デビューを控えていたりする学生ほど、学内では“漫画以外”の創作に取り組む傾向があるのは面白いところです。多摩美が多彩な漫画家を輩出してきた背景には、このようにさまざまな創作活動に挑戦しながら、自身の表現と徹底的に向き合える環境があると考えています。 誤解を恐れずに言うと、アートに携わる人間と塊魂™& ©Bandai Namco Entertainment Inc. 協力:(株)バンダイナムコエンターテインメントして「漫画という表現には敵わない」と感じることもあります。例えば、板垣恵介先生の『刃牙』シリーズひとつとっても、被写界深度の深さを感じさせる遠近法や空間の歪み、マニエリスム的な身体のねじれといった表現を駆使して描かれる格闘シーンは凄まじく、目を見張るものがあります。凝った技法や線画の美しさはもちろん、読み手を惹きつける物語性や文学性をも内包する漫画表現を前にすると、その豊かさに圧倒されます。漫画文化はある種の美術作品として高度で豊かな表現を持ちながらも、数百円あれば誰もが買えるような大衆文化として愛され続けています。僕はそれに畏敬の念を抱かずにはいられません。 たくさんの漫画作品が日本に溢れている今、表現者のほとんどが漫画の洗礼を受けていると言えるのではないでしょうか。鳥獣戯画や葛飾北斎の作品に始まり、現代美術にも大きな影響を与えてきた漫画表現は、アートの歴史において無視できないものとなっています。これから漫画制作に取り組む学生には、今日まで続いてきた漫画表現の文化・歴史の上に自分もいるのだという誇りと自負を持って、原稿と向き合ってほしいですね。ん絵が並んでいるのが、贅沢で幸せな気持ちになるんですよね。コマに区切られて、たくさんの景色や瞬間や人が1枚の紙に並んでいる。漫画には幸せな瞬間を並べたいなと思います。1977年、東京生まれ。グラフィックデザイン学科在学時にアフタヌーン四季大賞を受賞しデビュー。主な著書に漫画『ツノ病』(青林工藝舎)、『冬のUFO・夏の怪獣【新版】』(ナナロク社)、漫画絵本『ゲナポッポ』(白泉社)、絵本『これなんなん?』(くもん出版)など。現在コミプレにて『余談と怪談』を連載中。*ナムコ=現バンダイナムコエンターテインメント(※3)ナムコ*で制作に関わったゲームソフト『塊魂』(2004)「古屋兎丸 特別講義」担当教授に聞く芸術性と大衆性を持つ漫画と敬意を持って向き合う漫画という表現力05石田尚志先生 油画教授 特別講義担当「表現の冒険」で 多彩なアートに触れる 多摩美の絵画学科油画専攻には2年次以降にクラス選択制の実技授業があり、学生がそれぞれの表現を掘り下げていくカリキュラムとなっています。この自由制作では、学生から漫画作品が提出されることもあります。漫画というとアートと線引きされるものに思われるかもしれませんが、講評において漫画作品を軽くあしらうようなことは絶対にありません。漫画もひとつのアート作品として敬意を持って向き合い、作家視点と読者視点の2つの観点から評価を伝えるようにしています。
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