TAMABI NEWS 95号(漫画という表現力)|多摩美術大学
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卒業制作として執筆した、遊園地の「としまえん」を題材にした漫画作品『としま伝』2021年7月、初の書籍となる『コロナが明けたらしたいこと』(アスコム)が発売されるてデザイナーを目指そうと考えていました。それでも、自分の本当の気持ちにフタをして避け続けてきた「絵を描く仕事」にようやく向き合えた感覚がありました。 多摩美に入って感激したのが、学生がみんな自分の“好き”を突き詰めていること、そしてそれを表現するのを誰も笑わないことです。学生時代には、何かが下手くそだといじられたり、マニアックなものを好きだと笑われてしまう空気感が少なからずあったように思います。しかし、多摩美ではみんなが自分の“好き”を堂々と表現していて、それを笑う人はいませんでした。それまで周りの目が気になり漫画に挑戦できずにいた僕も、その環境下で自分が本当に好きだった漫画表現に立ち返ることができました。卒業制作の漫画には苦戦し、思い描いていた物語の半分も描けませんでしたが、「自分がやりたかったのはこれだ!」という思いが溢れてきたのを覚えています。自分にとって漫画は、一生をかけて取り組む価値のあるものだと実感しました。 卒業制作に取り組んでいた4年生の頃には博報堂からデザイナーの内定をもらっていたため、卒業後は博報堂に再就職しました。しかし、業務に追われながら漫画家を両立することは難しく、申し訳なくも半年で退職しました。その後は、サイバーエージェントでデザイナーとして働きながら漫画を描き続け、2020年の春に独立。その頃に描いた『コロナが明けたらしたいこと』が初の書籍化作品となり、2023年には『ゾワワの神様』が出版されました。 漫画を描きたくても筆が進まず悶々としても各専攻での修行を積んだ学生が集まっているためか、ある種の作家性のようなものが作品に反映されているんです。ただ絵がうまいだけじゃない、簡単には思いつかないようなアイデアや技法を用いた作品が多い印象です。例えば、麻雀をテーマに簡潔な線とセリフだけで構成されている作品です。同作では、雀卓を囲む4人の会話が文字の向きやフォントで見事に表現されていて、誰がしゃべっているのか、どんなやり取りなのかセリフの表現だけで理解できるようになっています。これは美大生が描く漫画ならではの面白い発想ですね。 大学の課題で描く漫画は、ビジネスとしての漫画とは違います。つまり売れるかどうかは考えずに、つくりたいものをつくれる。作品の完成度が高ければ評価されるのは美術大学の特権です。「漫画文化論」の講義では、商業誌だと門前払いされてしまいそうな作品でも、表現としての面白さを評価します。さらに多摩美の強みは、クリエイティビティの高い学生が集まっていることにあります。そういった環境だと周りに触発されて自分の表現レベルが上がるので、より完成度の高い作品づくりにつながると思います。 この講義で学生には「過去の作品」を知ってほ漫画文化論に提出された作品の一部は、竹熊先生が運営するオンライン・コミック・マガジン「電脳マヴォ」で読むことができるしいと考えています。美術大学では、ポップカルチャーである漫画やアニメの歴史はあまり扱われません。しかし、ディズニー作品のような高いクリエイティビティには誰もが驚かされますよね。日本の漫画史を語るうえで、ポップカルチャーとしてのアート作品への理解は欠かせません。漫画やアニメを含め、これまでのアートの文脈を知ることで視野が広がり、新しいものを生み出すことができます。学生には漫画らしさという枠に捉われずに、漫画表現を通して自分のクリエイティビティを高めてほしいですね。いる人は、自分の内側に描きたいものを探すより、外側にいる誰かを思って描いてみるのもいいと思います。『コロナが明けたらしたいこと』は、何も描けずに焦っていたときに「コロナ禍の人々に向けて漫画で何ができるだろう?」と考えて生まれた作品でした。学生のみなさんに伝えたいのは、才能よりも純粋に何が好きかを信じてほしい、ということです。これは多摩美で教わったことでもあり、漫画家を一度諦めてしまった高校時代の自分に伝えたいことでもあります。自分の才能に思い悩んだり、周りの才能に怖気づいたりすることもありましたが、人生で大事なのは“何が好きか”。今はそう思っています。1988年東京都生まれ。大学卒業後、株式会社博報堂に入社しコピーライターとなる。2015年に同社を退職。多摩美術大学グラフィックデザイン学科に編入。その後も広告会社で勤務しながら活動を続け、2020年に漫画家デビュー。著書に『コロナが明けたらしたいこと』(アスコム)、『ゾワワの神様』(祥伝社)など。多摩美唯一の漫画の授業「漫画文化論」担当講師に聞く多摩美生の創造力が宿る新しい漫画表現に期待漫画という表現力07竹熊健太郎先生講師 「漫画文化論」担当漫画史の発展を紐解き 実験的な表現に挑む  私が担当する「漫画文化論」の講義は、1年を通して漫画史やアニメーション史への理解を深めていきます。前期では、手塚治虫作品や彼に影響を与えたディズニー作品を中心に講義し、後期ではそれ以降の劇画やガロ、宮崎駿監督作品といった漫画史、アニメ史の発展過程を検証していきます。そして最終課題では、学生自身が描いた漫画を提出してもらい講評します。「漫画文化論」は漫画家志望ではない履修者が多いのですが、提出される漫画は、どれもレベルが高いものばかりです。漫画を描いたことはなくて

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