03左上:T-POINTのロゴ。TSUTAYA TOKYO ROPPONGIのブランディング、インテリアディレクションも手がけた右上:フィッシングブランドとしてブランディングした「DAIWA」のロゴ下:「ダイワ精工株式会社」から「グローブライド株式会社」への社名変更にともない制作したロゴ デザインしてほしい」などさまざまです。しかし、企業側はデザインやコミュニケーションのプロフェッショナルではないことも多いので、それが必ずしも正しい課題解決に直結する方法だとは限りません。「ロゴを変えてほしい」という依頼があったとしても、話を聞いているうちに問題の本質はもっと別のところにあると気がつくこともあります。クライアントとの深い対話を通じて、「この会社が本当に実現したいのはどういうことなのか?」という本質を突き詰めていく。そして企業側が無意識に抱いている課題を明確にすることが、僕の仕事において最も重要な作業だと考えています。 こうした対話を通じて、当初の依頼とはまったく異なる提案を行うこともあります。グローブライド株式会社のプロジェクトがまさにそうでした。グローブライド株式会社はフィッシングブランド「DAIWA」をはじめとするスポーツ用品のメーカーで、もともとは「ダイワ精工株式会社」という社名でした。当時、設立50周年に際してビジョンやパーパス(企業の社会的な存在価値や社会的意義)を整理してほしいという依頼をいただいたのですが、経営者の方との対話のなかで、企業名とブランド名が同じなので海外のフィッシングブランドとの提携に苦労しているという切実な課題をキャッチしました。そこで提案したのが、優れたフィッシングブランドとして定着している「DAIWA」の名前はそのまま残し、さらなる世界展開に向けて社名を新たにすること。それが「グローブライド株式会社」への社名変更につながっていきました。 僕がクリエイティブにおいて大切にしているのは、「前提を疑う視点」を持つことです。社名やロゴは企業の歴史や精神にも通じる非常に重要なものです。気軽に変更できるものではないからこそ、こちらとしても踏み込んだ提案をするためには勇気が必要です。しかし、依頼内容という前提を疑い、さらに包括的な視点から課題にアプローチすることで、相手が想像もしていなかった選択肢を提示することができる。当然ですが、そこには相手と真摯に向き合う姿勢とリスペクトが不可欠です。そのため、クライアントとはいっても個人的にはパートナーのような感覚で仕事をしています。心から相手のことを考えて関係性を構築していれば、踏み込んだ提案であっても耳を傾けてもらうことができるのです。 もちろん、突飛な提案をすればいいというものではありません。反対に、ある有名な企業からブランド名の変更を依頼された際には別の方向性に切り替えたこともあります。ブランド名の変更が課題解決に合った最善の方法ではないと判断したためですね。企業によって課題の本質は異なっており、それに応じて俯瞰的な視点から選択肢を提示することが重要だと思っています。 今でこそビジネスとデザインは切っても切 ブランドをアイコニックに体現するクリエイションを幅広い領域で展開する日本を代表するクリエイター。主な仕事にユニクロ、ふじようちえん、日清食品関西工場、GLP ALFALINK相模原など。京都大学経営管理大学院特命教授としてクリエイティブ人材の育成にも尽力している。Red Dot Design Award 2022 BEST OF THE BEST、ICONIC AWARDS 2023 BEST OF BESTほか多数受賞。文化庁・文化交流使(2016年度)。著書「佐藤可士和の超整理術」(日本経済新聞出版社)、展覧会「佐藤可士和展」(国立新美術館/2021年)ほか。り離せない関係になりましたが、僕が多摩美にいた頃はほとんど接続して考えられていなかったように思います。当時はとにかく創作活動に打ち込んでいて、寝ることも忘れて作業に勤しむこともありました。しかし部屋が作品で埋め尽くされていくなかで、ふと自分がなんのために制作を続けているのかわからなくなったんです。一体誰に対してクリエイティビティを発揮しているのかと。そうした経緯もあって、デザインを通じてクライアントの本質的な課題を解決するという現在の思考が形成されました。中島祥文先生(当時グラフィックデザイン学科教授、現多摩美術大学名誉教授)の授業で「本質をつかめ」と繰り返し伝えられたことも印象に残っています。 振り返ってみると、僕が多摩美に進んだきっかけも前提を疑ったことでした。文系・理系のどちらに進むべきか悩んでいたとき、クラスメイトから美大への進学を考えているという話を聞いて一気に視界が開けたんです。思えばそれが人生の分岐点になりました。「本質を見る力」は意識しなければ身につかないと考えています。学生の皆さんにも、自分の作品がどのような役割を持って、どのような課題を解決できるのかという問いを立てながら、制作に注力してほしいと思います。相手と真摯に対話することで一歩踏み込んだ提案が可能に出口のない創作活動を経てデザインの役割を問い直した
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