「デザイニング・エモーションゼミ」3年後期07それが制作におけるノイズになってしまうこともあるんです。その可能性を絞っていくために、私はあえて制作上のルールを課すことを意識しています。「キューブ型の素材を使う」「新しい機材を使う」といったものですね。 先日開催されたTOKYO NODEの開館記念企画『Syn : 身体感覚の新たな地平』では、自分が担当したブロックで「影を使う」ことをルールにしました。ここでは、特殊なゴーグルを着用することで目の前にダンサーが現れる仕掛けを施していたのですが、そのダンサーの動きを背景に投影。肉眼で見えていた影が、ゴーグルを通すことによって初めて、デジタル上にいるダンサーの影であったことがわかります。事前に制限を設け、その範囲内でできることを考えたことが、今回のアイデアにつながっていきました。 そもそもプログラミングは、コードを書くことによってシステムにルールを付与する作業なんです。「ルールをつくる」という問いの立て方は、プログラマーとしての側面を持つ自分ならではの思考なのかもしれません。 多摩美には、こうした「ルールづくり」の手法を学ぶような授業や課題が多かったよう宮崎 「デザイニング・エモーションゼミ」の3年後期では、社会課題の発見や解決に向けて人の気持ちを動かす「デザイン・プロジェクト」に取り組みます。具体的には、テーマへの理解と考えを深めるリサーチ、アイデアを形にしていくアイディエーションなどを経て、制作を行い、展示とプレゼン発表という形でアウトプットをしてもらいます。ゲスト講師には、「Think the Earth」のプロデューサーの上田壮一さんを招いています。上田 Think the Earthは、コミュニケーションやクリエイティブの力を通して環境問題や社会問題について考え行動するきっかけづくりに取り組むNPO団体です。本ゼミでは毎年、社会課題に関連するテーマを設定していて、今年のテーマは「海と人の関係をより豊かにする」です。同じテーマでも、そのアプローチは学生ごとにさまざまです。に思います。特に印象に残っているのは、「東日本大震災をマッチ箱で表現する」というもの。当時、大道芸人の方々が被災地の人々に元気を与えているというニュースを見ていた私は、自分も人を楽しませる作品をつくりたいと考え、マッチ箱を押すと押した指が伸びて見える仕組みの『街箱』という作品を発表しました。これはアナログな表現ですが、「ルールづくり」という点では現在に通じる課題だったと感じています。 多摩美に通っていてよかったのは、自由な表現を周囲の人が認めてくれるところでした。突飛な発想や人と違うものの見方を受け入れて、きちんと評価してくれる。多摩美に入学するまでは、周りに馴染めないと自分に劣等感を感じていましたが、そのままでいいんだという自信につながりました。 現在の仕事をするようになってから肩書きを尋ねられる機会が増えました。アーティストなのか、プログラマーなのか、聞かれる度に返答に困ってしまうんです。ただ自分としては、その両者は分かれていないと思っていて。そんな自分にしかできない表現もあると考えています。私が作品に共通して課している最大のルールは、「見た人に楽しさや驚きを与える」ということです。これからも自信を持って、多くの人を惹きつける作品を発表したいと思います。学生は情報整理の仕方や発想の仕方で新たな問いを生み出しながら、プロジェクトに取り組みます。宮崎 ゼミ生が自由な発想のもとで取り組んでいけるよう、僕たちは学生たちの思考の幅を広げるサポートをしながら伴走します。例えば、今年の小課題のひとつは「海に行って海のことを考える」。実際に海に行ってみると、何かしら心が動きますよね。人の感情を動かすデザインを生み出すには、まず自分の心を動かすことが重要です。些細な疑問でも、グッときた出来事でもいいので、自分の心が動いた瞬間を大事にしてもらいたいと考えています。上田 自身の実体験や身近な誰かへの思いをきっかけに問いを立てて制作に着手した学生の多くが、ユニークで完成度の高いアウトプットをしているのは面白いところです。明確な思いやターゲットの存在が、説得力のある制作につながるのでしょうね。最近の教育現場では同じような課題解決型の授業が増えつつありますが、多摩美の学生たちのアウトプットの質の高さには驚かされます。こ1992年、新潟県生まれ。2016年、多摩美術大学美術学部情報デザイン学科卒業後、慶應義塾大学政策・メディア研究科修士修了。デジタルメディアの特性を活かしたデザインや美術への関心から、プログラミングを用いた実験的な作品を制作する。れは日常的な制作活動でアウトプットにこだわり抜く美大生ならではの強みだと感じます。宮崎 学生のみなさんには既成概念に囚われずに、デザインが持つ可能性を広げていってもらえたらうれしいです。最近は“経済を回す”だけでなく、環境問題などに配慮したデザインが求められる機会も増えています。社会課題が複雑化する時代に、自ら問いを立ててプロジェクトをデザインする経験は、社会人になった後もきっと活きてくるはずです。ライゾマティクス「甲冑の解剖術−意匠とエンジニアリングの美学」展示風景 右:「Displayed Kacchu」(2022)、左:「黒漆塗様仙台胴具」(江戸時代/井伊美術館蔵) 撮影:Muryo Homma(Rhizomatiks)卒業制作の「花曲線」(2016)。バラの生死をバラ曲線の方程式を利用したプログラムで、花のようなグラフィックにビジュアライズしたデザイニング・エモーションゼミの資料。アウトプットまでの過程も丁寧に指導している問いを生む授業多摩美での課題を通じて「ルールづくり」を学ぶ自身の心動く体験がデザイン制作の第一歩デザインが社会や環境にできることは何か?宮崎光弘先生情報デザイン教授 上田壮一先生情報デザイン客員教授
元のページ ../index.html#7