「TCL」での学びを活かし新部署を立ち上げ09 こうしたビジネスとデザインを結びつけた思考力をさらに磨きたいという思いがあり、「TCL(多摩美術大学クリエイティブリーダーシッププログラム)」に参加しました。当時の私は社内にデザインシンキングを浸透させたいと考えていたのですが、非常にぼんやりとしたイメージしかありませんでした。しかし、「TCL」でのディスカッションやグループワークを通じて、具体的な骨組みを完成させることができました。学んだことを会社に持ち帰り、デザインシンキングや社内カルチャーの浸透を目的とした部署を新設する必要があると社長に提案。その重要性を認識してもらえた結果、「デザイン推進室」を立ち上げることとなりました。もし「TCL」に参加していなかったら、新しい部署をつくろうとは思い至っていなかったと思います。また、その後に参加した「テックリ(※)」でも、理系分野の方々と交流するなかでたくさんの刺激を受けることができました。 こうしたプログラムに参加して改めて実感したのは、「問いを立てる力=主観的に考える力」だということです。常に時代の流れを理論ではなく実践からプロセスを学ぶ 私はリベラルアーツセンターと芸術学科で「文化人類学」の授業を担当しています。文化人類学は、フィールドワークなどの実地調査を通して人間や社会のあり方を問い直していく学問です。情報テクノロジーの発達や噴出する社会課題によって人類の生活様式が大きく変革している現代にあって、文化人類学の考え方は経済・経営や政治、デザインの分野まで幅広く活用されています。 文化人類学の授業では、まず最初に『「事実」を捉え直す』というテーマで、ある問いを与えています。それは、人類学者のグレゴリー・ベイトソンがアメリカ西海岸の美術大学で実践した講義を再現したものです。ベイトソンはゆでたカニを学生に見せて、「これが地球上の生命の死骸であることを証明してみなさい」と問いました。学生たちはカニをじっくり観察し、その特徴をあぶり出していきます。最初は「赤い」とか「はさみが(※)東京工業大学、一橋大学と行っている社会人向けの価値創造人材開発プログラム多摩美術大学芸術学科卒業後、株式会社セプテーニに入社。マーケティング戦略本部などを経て、デザイン推進室を立ち上げる。TCL(多摩美術大学クリエイティブリーダーシッププログラム)などに参加した経験をもとに、デザイン思考を活用した経営戦略サポートやマーケティングを提供している。追うビジネス分野において、「自分はこう思う」という思考は敬遠されがちですよね。しかし、その主観的な思考が課題の解決につながっていくことも多くあります。まずは自分本位でストーリーを描いてみる。それさえできれば、細かいところは後からロジカルに調整していけばいいんです。計算式が同じであれば、同じ答えにしかたどり着けません。それを差別化するのは主観の部分です。今後はこうしたデザイン思考の共有も含めて、さまざまな施策を進めていきたいと考えています。ある」といった目で見てすぐわかる特徴を挙げますが、徐々にただカニを見ているだけでは本質にたどり着けないことを学んでいきます。具体的には、ほかの構造体と比較するなど、一度目の前にあるカニから離れてみたりするんです。やがてある学生が、生物の構造の左右対称性に目をつけ、特有のパターンを見いだしていきます。我々はどうしても大きさや長さといった量的な指標に目を奪われてしまいがちですが、比較のために大切なのは質的なパターンを読み解くことだと気づいていく。例えば、東京で起きた1960年代の犯罪件数と2023年の犯罪件数を数字だけで比較することに意味がないのと同じです。その時代の犯罪の定義や、犯罪に及ぶ社会背景などの質的な要素を比較しなければ一面的な見方になってしまいます。 この授業でもうひとつ重要なのは、知識や理論に縛られるのではなく、実際に手を動かし、深く観察することによって事実に接近していく点です。「なぜ」「どのようにして」という問いを最初にきっかけとして投げかければ、どんどん派生して問いが生まれ続ける。絵の描き方を理論ではなく描く過程のなかで身につけていくのと同じで、やってみることで初めてわかることがあるんです。特に美大生は、こうしたモノの捉え方が得意だと思っています。モノの形を観察することやそこから着想を得ることに優れていますし、世の中の「常識」とされるものに対して違和感を宿して生きている人が多い。イデオロギーや理論にあまり影響されずに、純粋にモノを見ることに長けていると思います。こうした「事実」や「常識」を捉え直す実践を積むことで、これまでにない視座や新しい価値を提示することができるようになっていくんです。モノを売って経済活動に貢献すれば社会的な地位を得られた高度経済成長期と違って、現在の企業には社会課題をビジネスで解決する役割が求められています。各企業が従来の常識にはない新しい価値やビジネスのあり方を見つけようと奮闘しているなかで、問いの立て方や考え方を学ぶ授業は大きく役に立つはずです。価値の発見がカギとなる、デザイン推進室のサービス概要図ワークショップ実施後のレポートイメージワークショップでは、高木さんのファシリテーションのもと議論が進む問いを生む授業文化人類学質的なモノの見方で「事実」を捉え直す中村 寛先生 芸術学/リベラルアーツセンター教授
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