TAMABI NEWS 99号(エンタメで輝く力)|多摩美術大学
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と「遠さ」が入り混じったような景色を描きたいと考えています。 多摩美で過ごした時間を振り返ってみると、本当に自由に制作に打ち込んでいたなと実感します。膨大な作業が必要なアニメーションの制作に挑戦した結果、それが卒業制作になってしまったり(笑)。そんなときも、先生は止めることなく続けさせてくれました。一方で、自由だったことで鍛えられた部分もあります。自分の頭をひねって、「もうこれ以上ない!」というところまでアイデアを突き詰める感覚。それを経験していたことで、社会に出てから自分の限界や可能性を知ったうえで仕事に取り組むことができています。『化け猫あんずちゃん』多摩美生限定試写&久野遥子・山下敦弘監督トーク会開催た。制作スタッフとのコミュニケーションに関しては従来のノウハウを参考にしつつ、表現については柔軟に新しい技法を取り入れる。その両面があったからこそ、満足できる作品に仕上がったのだと思います。 表現の面でこだわったのは、アニメーションとしてのリアリティです。ロトスコープでは、初めに役者の方々の演技があります。それをアニメーションで再現していくのですが、不思議なことに、実写を忠実に再現しすぎるとかえってリアリティを感じにくくなるんです。例えば、キャラクターが驚いている様子を表現する場合。役者の方の演技よりも過剰に驚いているアニメーションをつけることで、ようやく実写と同じ印象の“リアルさ”を演出することができます。役者の方の表情と、アニメーションになったときのキャラクターの表情。そのふたつの印象がぴったりと重なる瞬間を探して制作に取り組みました。 これまでさまざまなかたちの制作に挑戦しましたが、こうした「現実との距離感」は自分の作品に共通する特徴だと考えています。身の回りにある現実をじっと眺めていると、まったく知らないもののように感じられる瞬間ってありますよね。反対に、現実よりも誇張した表現のほうが、むしろ現実に近い感覚を与えることもある。私はその感覚がすごく好きで、自分の作品でも現実との「近さ」03 カンヌ国際映画祭、アヌシー国際アニメーション映画祭にも出品された、日仏合作アニメーション映画『化け猫あんずちゃん』の多摩美生限定試写会を、6月29日に八王子キャンパスのレクチャーホールで開催しました。あわせて、久野遥子監督と山下敦弘監督によるスペシャルトークイベントも開催。 本作は、実写で撮影した映像をトレースしてアニメーションにする「ロトスコープ」という手法で制作されました。アニメーションパートの監督を久野遥子さん、実写パートの監督を山下敦弘さんが務めています。 そうした経験を経て、今の私が大切にしているのは「サービス精神」です。もちろん、一部の観客に深く刺さる表現は重要だと思いますし、私が追求してきたことでもあります。しかし、さまざまな制作を通じて、観る人の幅を狭めずに、各作品のテイストに応じた“盛り上がるポイント”を入れ込みたいと思うようになりました。それが明るい表現ばかりだとは限りません。ダークな表現であっても作品のイメージとマッチしていて、多くの観客の心に何かを残すことができる。そんなエンタメ的な表現を提供したいと考えています。 今年公開されたアニメーション映画『化け猫あんずちゃん』では、山下敦弘監督と共同で監督を担当しました。この作品でも『花とアリス殺人事件』と同様に、実写の映像をトレースしてアニメーションを制作する「ロトスコープ」という手法を活用しています。初めて長編映画の監督という大役を担うことになり、制作スタッフを取りまとめるうえで複雑なルールに悩まされることもありました。ただ、ロトスコープは国内において前例の少ない手法ということもあり、手探りの部分も多かったぶん、かえって気楽に挑戦できまし 試写の後には、久野監督の恩師であるグラフィックデザイン・野村辰寿教授の司会進行により、久野監督と山下監督のスペシャルトーク会を実施。俳優の実写の芝居をデフォルメされたアニメーションのキャラクターに落とし込む表現法の探りかたなど、数々の制作秘話が披露されました。 また、この日に合わせて学生たちから「猫」をテーマにした作品を募集し、平面や映像など制作ジャンルを問わず集まった作品の中から、久野監督と山下監督が「お気に入り」の作品を選び、特別講評も行われました。左:CuusheのMV『Airy Me』、中:NHK『おかあさんといっしょ』人形劇「ガラピコぷ〜」オープニングタイトル、右:『化け猫あんずちゃん』は、世界最大規模のアニメーション映画祭であるアヌシー国際アニメーション映画祭2024「長編コンペティション部門」へも出品された学生時代に制作したCuusheのMV「Airy Me」で数々の賞を受賞。その後、岩井俊二監督『花とアリス殺人事件』へ参加。初の単行本『甘木唯子のツノと愛』にて、文化庁メディア芸術祭新人賞を受賞。NHK『おかあさんといっしょ』内の人形劇『ガラピコぶ〜』OPアニメを制作。アニメーション作家、イラストレーター、漫画家として幅広く活動している。トークイベントを行った久野遥子監督(左)と山下敦弘監督(右)監督としてこだわったのはリアルよりもリアリティのある表現実写をアニメに落とし込むロトスコープによる制作過程などを語る 輝く力

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