TAMABI NEWS 99号(エンタメで輝く力)|多摩美術大学
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第59回トニー賞舞台美術賞にノミネートされた宮本亞門演出『太平洋序曲』の舞台(左)、図面(中)、模型(右)07 上演芸術というものは、演者、衣裳、音響、照明、舞台美術、そして観客の存在によって成り立つ総合芸術です。我々が手がける舞台美術は、作品が上演されることで初めて存在意義を発揮するという点で、自分ひとりで完結する作品づくりとは異なる性質を持っています。演出家や各セクションと連携しながらの制作が求められるため、お互いを思いやるコミュニケーションも欠かせません。 舞台美術のデザイン制作において、私は「スタディ&リサーチ」を何より大事にしてきました。作品における時代背景や文化、思想などを徹底的に学ん先される場面が往々にしてあると思います。しかし、いい作品づくりで重要なのは、劇団員への配慮や技術的な問題は切り離して、まず台本に必要なものを考えること。それがデザイナーの仕事なのだと学校長に教わりました。非常にシンプルな教えですが、私が現在も変わらず大事にしている姿勢です。 これまで600作品を越える舞台美術を手がけてきましたが、宮本亞門さん演出の『太平洋序曲』は、今なお強く記憶に残っています。開幕当初の評判はさっぱりだったのですが、私自身は「すごいものができた」と思えた作品でした。上演初日に亞門さんとふたりで、その手応えを分かちあったことを覚えています。同作は後にブロードウェイでも上演でから制作に取り組むのです。このように基礎を積み重ねていくことは、デザイン制作において大きな意義を持ちます。これは三代目市川猿之助さんから言われたことなのですが、基本がなってない状態で個性を出そうとしても、それは「型破り」ではなく「型なし」になってしまいます。基礎を習得しているからこそ、型破りが可能になります。斬新で個性的なデザインを生み出すにも、まずは基礎固めを徹底することが不可欠なのです。 多摩美の演劇舞踊デザイン学科には、基礎の習得から実際の作品上演に至るまで、段階を踏んで実践的に学べる環境が整っています。1年次の授業では舞台を観劇し、さらにその舞台裏を知ることができます。2年次以降はそれぞれの専門性を深めていき、3年次以降のゼミや卒業制作では、既存や学生創作の脚本をもとに演劇公演に取り組みます。学生は演劇舞踊コースと劇場美術デザインコース合同での制作と稽古を通して、ときに衝突や失敗を繰り返しながら成長していくことができます。 上演芸術を仕事にしたい学生には、ぜひ在学中にされ、トニー賞にノミネートされました。 私が手がけてきた舞台美術のデザインは、作品の制作過程で出会う人々や出来事からインスピレーションを受けたものばかりです。最初は文字だけの台本から、舞台美術で世界観が表現され、楽曲や照明が加わり、俳優の演技が乗って立体的に構築されていく。そして公演初日を迎え、お客さんの反応を体感する。その積み重ねが、アイデアの着想につながっています。お互いに刺激を与え合いひとつの作品をつくりあげていく過程の面白さは、総合芸術である演劇ならではです。 私は若いころから衝突や失敗を重ねてきたからこそ今の自分があると感じています。一方で、学生の皆さんのなかには、集団で踏み込んだ議論ができずに遠慮してしまう人、失敗が怖くて動けない人もいるかもしれません。でも、無難な選択をし続けるのでは、人を感動させるような作品づくりはできないように劇団四季を経てロンドンへ留学。帰国後、舞台美術家としての活動を開始する。2004年、『太平洋序曲』(宮本亞門演出)でブロードウェイデビューし、同作品デザインで第59回トニー賞にノミネート。2007年、OISTATより“世界の最も名誉ある舞台デザイナー12人”に選出。読売演劇大賞最優秀スタッフ賞、紀伊国屋演劇賞個人賞、伊藤熹朔賞、菊田一夫演劇賞、紫綬褒章などを授けられる。金井先生がプロダクションマネージャーを担当した舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』思います。逆に失敗を通して得た発見や学びは、きっと人の心を動かす力に変わるはずです。必ずしも演劇に正解はありません。ぜひ失敗を恐れずに、何事にも一歩を踏み出す勇気を持ってみてください。自分の好きなものや適性を模索してもらえたらと思います。どの業種に就くとしても「これが好き」と思える気持ちが肝心です。こうしたポジティブな気持ちは、あらゆる壁を乗り越える原動力となってくれます。また舞台はもちろん、街に出て美術館や博物館に足を運んでみてください。身近な景色や自然に目を向けるのもいいと思います。日頃からさまざまな物事に関心を持って観察することが、クリエイティブな制作の土台となってくれますよ。日常生活での興味関心からクリエイティブな発想が育つ作品づくりの現場で生まれる総合芸術ならではのシナジー徹底した基礎の磨き上げで型破りな舞台美術が生まれる金井勇一郎先生演劇舞踊デザイン教授/金井大道具株式会社代表取締役 

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