09 近年、SNSをはじめとする発信の場が増えたことで、踊りや振付が広く世間に浸透したと感じています。一方で、アニメなどのバーチャルな表現がエンタメ界を席巻しているという現状もあります。身体的な制限から解放されたバーチャルな世界では、現実では不可能な動きを自由に表現できます。その結果、現実の身体的表現が見劣りするものになってしまう。しかし、実際には現実の肉体でしかもたらすことのできない感動があります。そのポイントを探ることが、表現者にとってこれからますます重要につくのは難しいと感じ、ストリートの習得に心血を注ぎました。ダンス教室のアシスタントとして1年働いた後は、仕事仲間からの誘いでカンボジアへ渡りました。現地では若者に振付を教えるだけでなく、映像作家と協力しながらの動画撮影、動画編集、ディレクションを行っていました。現場全体を俯瞰し、映像として映える作品制作に取り組んだ経験は、振付家として大きな強みになっています。カメラの寄り引きなど、動画ならではの特性を活かした振付もできるようになりました。 最近はダンサー・振付家に限らず、演出家として作品制作に携わることなども増えてきました。そのほか多摩美の非常勤講師をしながら、さまざまな地域や人を対象にしたダンスのワークショップも開催しています。どんな仕事においても、誰かを思う気持ちが原動力であることに変わりはありません。動画撮影の現場では、監督や演者のことを思う気持ちがモチベーションになります。一方で、自分なりの表現を追求し続けることも意識しています。クリエイティブ欲を爆発させたい日には、自分が借りている畑に行き、自然に身を委ねて好きなだけ踊るんです(笑)。商業的に求められるダンスと、自らの表現活動を突き詰めるダンス。それぞれのチャンネル分けと相互作用で、自分のオリジナリティが担左上・左下:カンボジアでダンス活動を行っていたころの1コマ、右:畑で自由に踊る木皮さん(撮影:藤原 薫)なると考えています。 私が現体制の多摩美で教え始めてから約1年半が経ちます。この期間中、さまざまな手法を模索しながら授業をつくり上げてきました。私の授業では、身体の動かし方といった技術面のみならず、コミュニケーションの手法についても重点的に伝えています。例えば、誰かと握手をするとき。人は無意識に身体を硬直させたり、目線を動かしたりします。自分では気づいていない身体の動きを知っておくことが、表現においては非常に重要なんです。同様の理由で、手足の動きの限界や表情のパターンについても改めて観察してもらっています。 私が舞台に携わるうえで意識しているのは、表現のクロッシングです。音楽、ダンス、演劇、映像……。幅広い表現が混ざり合うことによって、新し保されています。 僕にとって畑で踊ることは、商業で求められる合理性とは真反対にある身体表現と向き合う時間でもあります。SNSのショート動画が流行しているこの時代は、端的でわかりやすい表現が好まれる傾向がありますよね。しかしそれは複雑なものへの理解を遠ざけ、小さな声や表現を取りこぼすことになりかねない。必ずしも振付が揃わなくてもいいし、全く動かない時間があってもいい。ときにはそんな瞬間を大切にして、寛容な優しさを生み出す身体表現を模索し続けたいです。1990年、和歌山県出身。多摩美術大学在学時から「アジア舞台芸術祭2010」への参加、小劇場演劇の振り付けなどを経験。カンボジアでのダンス活動などを経て、ダンスカンパニーデペイズマンを立ち上げ、国内外で作品を発表。振付師としてソニー損保のCMや乃木坂46などを担当。多摩美術大学演劇舞踊デザイン学科の非常勤講師も務める。い見せ方を提示することができる。そんな考え方が当たり前のようになっていけばいいと思っています。 さまざまな表現方法を探求する学生が集まる多摩美は、クロッシングにおいて理想的な環境であるといえます。私の授業にも、多様な分野に関心を持つ学生がいます。そうした環境下で、映像制作に注力してきた学生が振付に興味を持つこともありますし、その逆も起こりうるでしょう。私としても学生の新たな可能性を広げるため、それぞれの素質に応じて個別の課題を与えるようにしています。 単純にパフォーマンスを学びたいだけであれば、世の中にはたくさんのスクールがありますよね。しかし、多摩美で上映演劇を学んだという実績は、さまざまな芸術分野に触れてきたことの証明になります。これからダンスや演劇を学びたいと考えている方には、全力で踊り、叫び、自分のマックスを見つけてほしいと思います。そうした経験を通じて、他者と一緒に表現を楽しみたいと思うなら、ぜひ多摩美にきていただけたら嬉しいです。無意識の身体の動きについて改めて観察することの重要性分野を横断することで新しい可能性に出会える人を思う気持ちを原動力に優しさを生み出す表現を模索多摩美は幅広い表現のクロッシングが起こる場所近藤良平先生 演劇舞踊デザイン教授/彩の国さいたま芸術劇場芸術監督
元のページ ../index.html#9