入試問題集2023|多摩美術大学
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 「有用性」という言葉を私は「我々の生活の中で有効に活用することができる性質」であると解釈した。私は芸術には二つの有用性があると思う。一つは過去に起こったことを伝えるということ。もう一つは自己を表現するということだ。芸術には様々な種類があるが、ここでは絵画、特に私が今までに観た作品を通して感じたことを踏まえ論を進めたいと思う。まず過去に起こったことを伝えるとはどういうことか。私の、戦争を描いた作品との出会いを例に挙げたい。私が初めて戦争というものの存在を知ったのは、いわさきちひろの絵を観た時だ。まだ幼稚園生だった私は祖母に連れられ信州のいわさきちひろ美術館に行った。鉛筆で描かれたやわらかいタッチと、水彩絵の具でパステルカラーに彩られた絵の数々。どの絵も子供のほおはふくらみ、ばら色だ。美術のことなど何も知らない当時の私も心が温かくなるのを感じていたのだが、一枚の絵を前にしてその気持ちは一変した。母親が幼な子を抱いている絵だが、両者の顔は健康的な色ではなく、着ている物も母親の髪も乱れている。何よりもその母親の険しい表情が私の脳裏に焼きついて離れない。穏やかな日常を一瞬にして過酷で色の無いものにしてしまうのが戦争なのだと、この一枚の絵は私に教えてくれた。戦争を含めた暗い歴史を語ることのできる者は、時の流れと共にいなくなっていく。残された絵画はその代わりとなって今を生きる我々に当時の状況をありありと語るのだ。次に自己を表現するとはどういうことか。私がこの夏に出会った絵画と、そこから調べたことについて例に挙げたい。国立西洋美術館で開催されていた美術展『自然と人のダイアローグ』に行った私は、そこでルノワールの絵画を観た。豊満な裸婦達が草木の間で戯れている絵だった。裸婦達の弾むような笑い声や木々のさざめき、鳥の鳴き声までも聞こえてくるようで、観ているだけで幸福な気持ちに包まれた。その後ルノワールについて調べてみると、ルノワール自身「絵画とは喜びで満ちていてきれいでなくてはならない」と考えていたことを知った。世の中にはこれ以上付け加える必要の無い程苦痛が多いと感じたルノワールは、絵画の中で自分の理想郷を表現したのだ。自分の内にしか存在しない言語化不可能な思いや理想を絵画なら代弁することができるのである。これらの二つは簡潔に述べると、「事実を伝達する性質」と「自己を伝達する性質」である。このような性質を持つ絵画を観ることで、我々は過去の出来事を知り、先人達の理想に共感する。それは一見すると正反対の体験のように思われるが、どちらも「我々が今をどう生きるか」を考えさせてくれる点で一致している。これこそが芸術の意義だと私は思う。そして我々の人生に豊かさを与える有用性を持つ芸術を保護し、継承することと、芸術への感性を育むことが現代の我々に求められている。文学に音楽、演劇など、「芸術」のかたちは多様だ。しかし、たとえ芸術としてのあり方は違えど、それらは全て魅力的である。加えて、それら全ての芸術は、その一つ一つに独自の表現技法を持ち、特有の表現を行っている。また近年においては、そのような「芸術」の持つ「多様性」が、過去と比較しても、より顕著なものとなっている。用だと言えるのだろうか。そして、我々にとって、そのような「芸術」には、一体どんな意義があるのだろう。とであると考える。そうすることで人々の人生はより豊かなものになるからだ。この点で、芸術は我々にとって有用であると言える。によって生み出された。当時の芸術とはつまり美を追求する行為のことであり、それこそが人間にとって真に価値のあるものだとされていた。また人々の追い求める「美」というのも、宗教的な理想や、自然の持つ崇高さのことであった。芸術家は、それらを作品に込め、示すことに力を注いでいたのだ。しかし、近年は、人々は自らの内に「美」を見出すようになった。そして、芸術家は、自身の持つ美への哲学を、作品へ込め、表現をするようになった。それを象徴するのは、いわゆる「現代アート」と呼ばれる作品達だ。それらが生まれた背景には、近代化にともなって多様化された社会がある。そして、そこに生きる私達には、柔軟な思考や考え方が求められている。芸術には、それらを育む力がある。れている。描かれている内容、人か動物か静物画か、色や形、大きさはどれくらいか、など。我々は注意深く観察する。そして、その絵画はいつの時代、誰によって、何のために描かれたのか。絵画の鑑賞には、五感で絵を「みる」だけでなく、その背景についても、頭でよく考えなければならない。感じ、考え、自分の答えを見つけることが芸術である。そして、その経験により、人は新たな思考や情緒が得られるのだ。しかし現在、学校教育で、美術が含まれる学校は減少している。私の学校もそうだ。芸術とは、人の感性をよりよいものにして、豊かな人生を与えてくれる。芸術にはたくさんの形があり、それら一つ一つが私達に新しい物の見方を与えてくれるのだから、私達は、より多くの芸術に触れなければならない。そこに芸術の意義が生まれるのだ。ひとくくりに「芸術」といっても、そのあり方は様々である。絵画や彫刻、では、より多様化している近年の芸術は、我々にとってどのような点で有私は、「芸術」の意義とは、思考や情緒などからなる人間の内面を育むこそもそも「芸術」という言葉は、十八世紀の西洋で、シャルル・バトゥー絵画を例に挙げる。絵画は、たった一枚でも、たくさんの要素から構成さ芸術が人の内面を育てるものであるなら、より有用な場面は、教育だろう。         147[教員コメント]芸術に〈過去の伝達〉と〈自己の表現〉という二つの「有用性」を見出し、ともに具体例を挙げながら、しっかりと論理立てて説明できています。そして、それら二つの経験は正反対のように見えるが「我々が今をどう生きるか」という問題を考えさせてくれる点で共通していると指摘し、そこに芸術の「意義」があるのだと、説得力のある主張をなしえています。[教員コメント]多様化された現代社会においては、私たちはより柔軟な思考を身に付ける必要があり、それは多様性を特徴とする現代アートによってよく養われうるという主張は、芸術の有用性や意義について考えるに当たって、鋭く傾聴に値するものだと思います。論の最後で、学校教育における美術の扱いの問題点にまで考察を及ばせたところも評価できます。近年、芸術の「有用性」についてさまざまな議論があります。あなた自身は「芸術」にはどのような意義があると思いますか。1200字以内で自由に論じなさい。小論文

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