違う月を見ている

西村 梨緒葉

担当教員によるコメント

このインスタレーションのテーマは誘惑(captivation)である。かつては車、そして今ではスマートフォンが、この誘惑のためのメディアとなった。スマートフォンで話をする、つまり耳元で囁かれる、という関係がもたらす親近感は、HMDなどによる視覚的、あるいは映像的な没入感とは完全に別の感覚だ。声によって導かれる知覚の動きとしてのダイナミックな見えの変化は、空間と意味の関係の反転というアフォーダンスの逆関数を生成する。それは物語によってコントロールされる知覚でもあり、声の肉体性によって虜にされた知性でもある。この作品を鑑賞するためには、約20分の時間を必要とする。絵画や彫刻のサイズを自由に変えることができないように、この作品の鑑賞時間を自由に変えることはできない(途中で止めれば不完全な鑑賞体験になる)。そうした意味で、鑑賞者はエントランスに置かれているスマートフォンを手にとった瞬間、すでにこの作品に誘惑=捕獲(capture)されている。

教授・久保田 晃弘