B・マットソンのアームチェア「ミランダ」
Bruno Mathsson
1942
042 ブルーノ・マットソン(1907-88)は5代目の高級家具職人だった。幼い頃からスウェーデンのヴュアルノモにあった父親の工房で木工仕事をしてきたマットソンは、地元北欧で簡単に手に入る素材の知識を吸収し、その利用価値をよく理解していたマットソンは若い頃から・海外で出版された新時代のデザイン関係の本を貪るように読み、初期モダニズムの影響を深く受けるようになる。1931年に発表した、モダニズムを実践した最初の作品「グラスホッパー」チェアは評価されなかったが、これを機に彼は曲げ木の技術に関する研究に没頭し始めた。1934年作の「エバ」など、マットソンの洗練された椅子が1937年パリ万国博に出品され、国際的な評価を受けるようになると、作品も次第に売れ始めた。常に本拠地ヴュアルノモに戻りながら、各地を旅した彼は、1940年代のアメリカ旅行で当時のデザイン界の巨匠たちと出会うこととなった。そして、この出会いが彼のガラスの家の構想を急速に現実化させることにつながった。しかし、彼の作品で最も有名なのはオットマン「ミフォット」付きの「ミランダ」チェアの方かもしれない。この椅子には、戦時中の紙製の織り糸がいまだに標準的な張り材として使われているが、張り地を指定することもできる。マットソンはA・アアルトやM・ブロイヤーといった著名なモダニストと好意的に比較されているが、すべてに女性の名前をつけたマットソン作品の官能的な形状は彼ならではのものである。


【素材】ブナ材、丸編みの紙質の織り糸、または麻地

100 DESIGNS 100 YEARS
20世紀を創ったモノたち
メル・バイヤーズ/アーレット・B・デスボンド
森屋 利夫/成澤 恒人
2000.05.05
株式会社アクシス