情報化社会のなかで、欠落している部分というのは、もう皆さん気がついていると思います。どんなものにリアリティを感じるかというと、例えば画像に関していうと、僕なんか完全に現実との境目がない感覚を自覚することがあります。行ったこともない場所に行ったつもりになっていて、それはじつは映像で見ただけのものだった――そういう傾向がどんどん一般化しているのは確かです。
ただそれでも、目の前にある素材を使って何かを形づくること、その必要性がなくなるはずはない。確かに、すごく時代遅れだとか、陶は重苦しく感じるとかいう意見を吐露する学生もいますし、実際そうだろうなと思います。でも、人がものを扱って何かをつくるということが、けっして廃れないと、可能性はあるだろうと。
ものをつくる、というと、何かを加工して形にするだけのことだと思われがちなんですが、そうではないですね。手で動かしているあいだに何かを感じて、それが頭を刺激して思考を生んで、それが何かきちんとしたつながりをもってくると、情報の側だけから考えた手の動かし方とは違うものが見えてくるだろうと思うんです。手を動かして、それに触発された思考の部分が形になってくると、いま世の中が主流でないと思っている部分が、必ず見直されるだろうと感じています。
|