3大阪芸術大学

3-1前身

田嶋

大阪芸術大学陶芸研究室のカリキュラムについて、ここで改めてお話させていただきます。特色としては、国公立大学と違って私立大学ですから、経営者である理事長の意向がかなり反映されていると思います。少し経緯をお話いたしますと、先代理事長でいらした塚本英世氏は、日本の敗戦後まもなく、これからは英語が必要な時代であることを掲げ、先ず英語塾を設立します。当時、英語を教えることに非難を浴びながらも、開校してみると青年達に多大な刺激を与え、大盛況となります。そして次に感動的なのは、塚本氏は進駐軍より大型バス一台の払い下げを受け、恵まれない子供達のためにそのバスを移動保育園とし、広島の原爆投下場所や炭鉱などへ「青い鳥幼稚園」と称し巡回します。その後、英語学科と保育学科による浪速短期大学と改称。次に高度成長期において、工業都市でのデザインの必要性を重要視し、デザイン学科を増設。そしてデザイン科、美術科と彫刻科による大阪美術学校を開校します。そして、マスメディア時代におけるテレビの普及を考え、放送学科を増設して行きます。常に時代を見据えた開校と増設により、1966年に大阪芸術大学と改称します。陶芸は、1964年、浪速芸術大学のころにデザイン学科での素材体験として、森淳先生が指導されていました。森先生が1968年にアフリカ・ウガンダ工科大学へ行かれる際に、後任として大学へ鈴木治先生、短大へは林康夫先生が来らました。ただし鈴木先生はわずか一年でご退職され、すぐ後に柳原睦夫先生が就任されます。山田光先生は、1979年、私が三回生のときに大学へ来られました。

そして研究室の教育方針についてですが、現在まで様々な方向性を持たれた先生が居られ、学生達は各々違った尺度や価値観による教育を受けてきました。陶芸研究室は統一した明確で強い教育方針を持つことは無く、その分、学生達は困惑しながらも自分自身で発想する力や、自由な精神が育成されたと思います。実は、先日、柳原先生にお会いする機会がございまして、先生の教育方針についてお尋ねしましたら「ぼくは雑草に自信を植え付ける教育をしました。」とおっしゃいました。

3-2授業の構成

田嶋

次に授業内容についてですが、実習では、手びねり、轆轤、板作り、鋳込みによる成形や、加飾、焼成などの技術的な基礎を習得しながら、自分の表現を広げることができるように課題設定をしています。また、一回生では造形基礎の実習を美術学科教員より学びます。

学生は入学時より工芸学科4コース、陶芸・金工・テキスタイル染織、ガラスコースの各コースに分かれ、専門指導を受けます。

現在の陶芸実技教員は,市野治行教授、南和伸准教授と私、そして非常勤講師の先生方3人による計6人が担当しています。

それでは、学年ごとにご紹介いたしますと、一回生は私と非常勤の先生による計2人で指導。私自身が現在担当していますので、詳しく課題内容をご説明いたします。

先ず、一回生は基礎と体験。学生達は、粘土の触覚や偶然性を体感し、自分自身で素材を充分コントロールできない分、何らかのきっかけから自分のイメージが発展できるように、一回生では、手びねり技法を主に課題設定をしています。初めの課題は触覚体験。テーマは「増殖」。その言葉だけで自己表現させます。学生は各自の生い立ちや現在思っていること、あるいはテレビのキャラクターなどの物語性を多く表現します。そして道具作り、土もみ。

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次に手びねり課題に入ります。先ず、円筒を制作し、身の回りにあるものをスタンプします。円筒形の表面にどんどんスタンプして表情をつけ、そのスタンプを効果的にするために、色化粧を刷毛で塗ってふき取る加飾を行ないます。それらの作業により、リズムや密度を体感し、個性的な表現を探ります。同時に縄文式土器についての認識を深めます。続いて円筒を制作しますが、口の部分に変化をつけて、変形したところをポイントに呉須による絵付け体験をします。学生達は、指導しなくても筆で描いた表面に道具で引っかいたり、指でぼかしてみたりなど色々な表現手段にチャレンジしてくれます。一回生は自分達のオリジナル表現を見出し、独創性に溢れています。次も手びねりで角柱を作ります。赤合わせの粘土で成形し、その表面に白化粧を施し掻き落としをします。模様は校舎をスケッチし、それをヒントに点・線・面で構成しながら白化粧を掻き落とします。

そしていよいよ次に板作り。タタラ板を使って陶板を制作し、それらを張り合わせてから各パーツにカッティングし、再構成する課題です。学生達には陶板作りと粘土の張りつけ方を指導するだけで、個性豊かな空間構成の立体造形を作ってくれます。この課題は前回の掻き落としで行なった平面構成から、立体への空間認識を体感させる課題です。

次に轆轤体験をします。テーマ「容器」。粘土を伸ばすとこんな鉢になって、外に広げると皿になるよね、という程度です。

その後、手びねりの練習として、粘土を広げながら立ち上げ、そしてすぼめて閉じるという動作で卵形を作ります。卵形作品は完全に閉じられた形態1点と、開口部が一箇所ある形態1点の計2点を作らせます。この課題は、やきものは中が空洞であることを、一回生のときから少しずつ理解させるためです。閉じた形と口の開いた形を対比することで、学生各自が「うつろ感」を認識できればと考えるからです。

講評会では学生自ら意見を述べるよう、指導する側は常に学生に尋ねながら進めます。

後期の最終課題では、量産の認識をさせるために石膏型による角皿1セットを制作。そして最終課題は、テーマ「膨らみのある形」、「種子」、「植物」などより、各自が形態について考え、複雑な手びねりに挑戦します。以上で一回生終了です。

次に、二回生では技術の習得を重視。一回生で体験したことを二回生で復習しながら、自作がコントロールできるように技術を習得します。二回生以上は頻繁に講評会を行い、作品チェックがなされます。

井上

かなり細かい基準でやっているようですね。たとえば「一辺22m」とか。

田嶋

ええ、担当教員によって様々ですが、技術を優先する先生が担当される場合は、細部にわたるチェックを行い注意されます。例えば、板作りの課題で立方体を制作しますが、板のサイズが厳密に決められていて、しかも陶板を作るために、セラローラーとタタラ板による制作手段で行い、各々の歪みの違いを体験させたりもします。加飾は「植物」をテーマに色化粧や染付けで表現します。

轆轤課題については、一回生では体験程度でしたが、二回生では湯呑み1セット10個を制作。加飾のテーマは「連なるもの」。染付けもしくは鉄絵で自分なりに連なるイメージを表現します。

次は三回生ですが、この学年では量産と機能についての学習制作。轆轤成形によるコーヒーもしくは紅茶のセットもの制作と鋳込み成形。そして大壷・大皿制作。

井上

このカリキュラムは、昔からやっているものですか。

田嶋

そうですね。伝統的に。たとえばセットものの取っ手のところなんかも必ず型でつくりなさい、とか。

井上

細かい。

田嶋

ええ。そして四回生では、習得した技術より各自の創造力を発揮。前期はやきものへの認識を深める課題を設定。指導には全専任教員が担当しますが、この課題を提案されたのは柳原先生です。「やきものについて考える」「やきものと自分」、つまり内包する空間、うつろ形態への研究と、内側の空気が及ぼす影響についての研究です。この課題では学生達は、自由な解釈による個性溢れた作品を制作してくれます。例えば、都市と自分について考えた作品や、器形態についての再確認など。そして、前期が終われば、後期はいよいよ卒業制作に入ります。

3-3とことん褒めてあげなさい

田嶋

合評についての特色ですが、大阪芸大の場合は学生を盛り上げますね。実は、私が大阪芸大の教師になって間もないとき、合評時に、学生にどのような講評をすればよいのか悩みました。柳原先生がおっしゃったのは、「どんな作品にも良いところ一つはあります。それを見つけ出し、とことん褒めてあげなさい。そして、学生の目がきらっと光った瞬間に導き出し、可能性を広げてあげればその学生は育ちます」。もちろん、徹底的にけなす先生もいらっしゃいます。

秋山

誰かが泣かしたら、誰かがこう、なぐさめる。

田嶋

技術面から突っ込む先生がいらしたら、「技術で盛り下がるのであれば、イメージで盛り上げてやれ」という柳原先生もいらして、私としては学生時代から、ひじょうに満足できる状況でした。それを受け継いで今後どうしていくかは私の課題ですが。

現在の課題内容は従来よりほとんど変わらず、一回生は体験、二回生で技術の習得、三回生で量産と高度な技術を習得し、四回生で卒業制作を行います。私自身、変わらない課題について、変えたほうが良いのではないかと考えたこともありましたが、学生達を見ていると、成形や加飾に集中することで、例えば、染付けや色化粧など、手びねりの指跡からでも、自分のオリジナルを発見しています。技術はヒントなんです。ヒントを与えることで、自由に表現を広げてくれます。ですから、私は今の課題に満足しています。しかし、来年度より一回生授業内容が変わります。大阪芸大では、工芸学科の各専攻コースで受験を実施していましたが、来年度より工芸学科全体で入試を行ない、一回生で4コース、金工・陶芸・テキスタイル染織・ガラスの素材体験をし、二回生より各専門コースへ進みます。減少する受験生にとっても、志望大学を選択するときに納得できるのかもしれません。

井上

カリキュラムについて、大学の運営サイドからの指示は強いですか。

秋山

本来、教育機関というのは、未来の人をつくるのだということですよね。そうだとすれば、2、3年先のビジョンで判断してもらったら困る。少なくとも10年先20年先のビジョンが念頭にあるわけですから。そこで、経営者サイドの人を20年先のこういうビジョンのためにこういう教育が意味があるんだということを説得できるかどうか。説得力のある何かを提示できるかという問題ですよね。

北澤

ただ、そういうヴィジョンが持ちにくい時代になっているのは確かですね。