Akira TATEHATA
「審査評」
今回のトリエンナーレは過去の入選者を中心とした招待制であって、当然ながら出品作の水準はかなり高かった。受賞作の選定では審査員の票が分かれ、何度も投票を繰り返すことになったが、それだけやり甲斐のある審査であったともいえよう。
ミニサイズの作品は、タブローの場合には趣味的、派生的な世界と見なされがちだが、版画では、大作とは異なった小空間ならではの表現の魅力がある。抽象表現主義に明らかなように、絵筆のストロークが掲げられるタブローでは、自ずと身体的なスケールが要請されることになるが、直接的な身体と画面との間に版を介在させる表現では、手のひらのサイズなりに、深くまた凝縮された世界の展開が可能なのである。郵送というシステムによって展覧会が組織されうるのも、単なる経費的、労力的なコンベンションだけの問題ではなく、あえていうならば極めて潔い“近代主義的な方法”の導入ということになるのかもしれない。
さて大賞のカタリナ・ヴァヴロヴァ(スロヴァキア)の作品は濃厚なファンタジーを宿したイメージが細密に描写されている。あるいは特定の物語の一場面なのかもしれないが、見る側にとっては遠い時代、エキゾチックな土地への思いを誘われる、蠱惑的な謎に満ちた光景である。描き込んだところと余白との対比、層状の奥行きの処理が見事で、小画面ながら空間としての豊かさを感じさせる作品である。
準大賞の三瓶光夫(日本)はどこか野放図な独得の資質をもった版画家である。画面の中央に珍妙といえば珍妙な大きな円形の形象を浮かばせながらも、そのアンバランスな構成がかえって人を喰ったようなユーモアの感覚につながっているところが面白い。童画のようなチャーミングな線にも惹かれた。
審査員賞のロバート・バラモフ(ブルガリア)はシンボリックなモチーフとシュール的な幻想とが一体化した画面で、技術的なレベルも高い。光と闇の演出や不穏な色彩の効果によって、ある種の不条理感をはらんだ寓意的空間が創出されている。
同じく審査員賞のキム・ジョンヨル(韓国)の作品は煙のような不定形の形象が、漆黒の地の上に漂っている、特異な緊張感をはらんだ画面である。本来なら牧歌的であるはずの光景だが、作者の関心はむしろ、版画の技法によって“現象としての空間”を生み出そうという、コンセプチュアルな操作に向けられているのではないか。地の部分の触覚的といってもよいマチエールの厚みにも注目した。